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台風野郎
オレとひろみは、夜行列車の個室に
なっている指定席にいた。
「拓哉、タイムトラベルはあさってよ。
尚志君たちに、ウソをついてまで
ついてこなくてよかったのに…」
「あんなことがあった後で、
おまえを一人で帰せるわけないだろ?
おまえが稽古場で何をされるか
心配だからな。
それに帰るならオレは、
おまえと一緒に帰るほうがいい。
だから尚志には、タイムトラベルが
あるからって言ったんだよ」
「拓哉ったら」
オレが帰る本当の理由は、
ひろみのストーカーの存在が
あったからだ。
登校日までに帰る予定を
繰り上げたのは、ストーカーに
襲われそうになったひろみに、
危険が去ったとは言えなかったからだ。
「拓哉、心配してくれてありがとう。
今では拓哉が頼もしく感じる」
「なんだよ、今頃になって
わかったのかよ。オレの魅力がよ」
そう言ってオレは、ひろみを
下のベッドに横たわらせた。
オレもベッドでひろみの隣に横になる。
あの事件をきっかけに、オレとひろみは
毎日二人で一夜をともにしていた。
二人で抱き合って眠ると
安心できるオレたち。
この日の夜は、何も起こることなく
静かに過ぎていった。
そして登校日に、事件が起こった。
事の始まりは、和彦が一級上の連中に
殴られていたのがきっかけだった。
「拓哉、あれ和彦だよ」
「ほんとだ。おいっ、尚志行こうぜ」
オレは、急いで尚志と一緒に
和彦のところに駆けつけた。
「おいっ、和彦。大丈夫か?」
「拓哉、尚志」
「どうやら無事のようだな。
尚志、和彦を連れて先に行け」
「拓哉は?」
「早く行け!」
オレは、尚志と和彦を先にヤツらから
離すことしか頭になかった。
「おいっ、多勢に無勢で
一人を殴って楽しいのかよ?」
「オレは話を聞いただけだぜ。
長崎で裕美ちゃんと仲良く
なりたかったのに、
邪魔したヤツは誰かってな」
「それ、どう意味だ?」
「オレは、裕美ちゃんが好きなんだよ。
だから、力付くでオレのモノに
したかったのに邪魔が入ったんだよな」
「ふざけるな!おまえだったのか!
ひろみをレイプしょうとしたのは…」
オレは、ひろみをレイプしょうとした
相手がわかったことで、怒りの感情が
爆発していた。
一方、先に逃げてきた和彦は尚志に
肩を貸してもらって彰を探していた。
彰は、職員室から出てきたところで
二人に出会った。
「和彦、どうしたんだ?
誰にやられたんだ?」
「彰、藤原だよ。今、拓哉が
一人で戦っているよ。早く助けて」
「とにかく、案内しろ!
拓哉が、やられちまう」
彰は、尚志と和彦の案内で
オレの場所に着いた。
「拓哉、大丈夫か?おいっ、藤原!
おまえの相手は、オレだ!
相手を、間違えるな!
拓哉、手を出すなよ。
こいつは、いつかは決着つけようと
思っていたんだからな」
「彰、こいつらだったんだよ!
ひろみをレイプしょうとしたのは!」
「なんだって?」
「悪いが、オレにも
決着つけさせてくれよ」
「そういうことなら話は別だな。
これで二対二だ。拓哉、さっきの借り
二人でまとめて返してやろうぜ」
「彰、どうせ返すなら10倍、
いや100倍にして返してやろうぜ」
「それもそうだな。行くぜ、拓哉!」
オレは、藤原というヤツの
胸ぐらをつかんで言った。
「よくも、オレの女を
傷つけようとしたな。
朝霧裕美はな、オレの女なんだよ!」
それからは、彰と一緒に
4人で殴り合いのケンカになった。
オレは、藤原に今までの怒りを
拳に込めて爆発させていた。
ひろみを傷つけようとしようとした
ヤツは許さない。
たった一人の愛しい女を
傷つけようとした。
それは、絶対に許さない。
怒りの感情が爆発したまま、
彰と二人で藤原たちと
殴り合いのケンカは続いていた。
「拓哉、彰」
尚志と和彦が、
担任の小川先生を呼んできた。
小川先生に止められて、
やっとケンカはおさまった。
それからオレと彰は、
職員室に呼ばれた。
「おまえらのケンカの事情は、
西崎と岬から聞いた。
城島の恋人が、藤原たちに
乱暴されそうになったこともすべてな。
藤原たちは、寮でも生活態度の
素行が悪いと寮長の谷川先生からも
報告があった。
藤原たちは、後日退学処分に
なるだろう。
しかし、おまえらが
ケンカしたのは事実だ。
城島、飛島、おまえらは、
二学期の始業式から
一週間の停学に決まった。
今日は、このまま帰れ」
「はいっ、わかりました。
ご迷惑かけました」
オレと彰は、始業式から
一週間の停学になった。
職員室の外では、尚志と和彦が
心配して待っていてくれていた。
「拓哉、彰」
「拓哉、どう言っていたの?」
尚志の問いに、何も話さない
オレの代わりに彰が言った。
「尚志、オレたちは始業式から
一週間の停学になったんだよ。
だから、今日の登校日は
欠席になったんだよ」
彰の言葉を聞いて、和彦は
「そんな、拓哉も、彰も、
オレを助けようとして
ケンカしたのに、停学はひどすぎるよ。
オレ、先生に抗議してくる」
と職員室に行こうとしていた。
それを見た尚志も、
「オレも行くよ、和彦」
と言って和彦と一緒に
行こうとしていた。
「やめろ!おまえらが、
先公に掛け合ったって
オレたちの処分は覆らないんだよ!」
と怒りの感情を二人にぶつけていた。
すると和彦は、
涙を流してオレに言った。
「だけど拓哉は、ケンカに
巻き込まれただけじゃないか!
それなのに、藤原たちが
おとがめなしなら許せないよ!」と…。
和彦の言葉に彰は、
「和彦、藤原たちなら
退学処分になったよ。
小川の前で、今までの悪行を
洗いざらいはいたからな。
ひろみさんをレイプしょうとしたのも、
ストーカーしたのも藤原たちの
仕業だったんだよ」
と言った。
彰の言葉に驚いた和彦は、
「それじゃ拓哉は、ひろみさんの
ためにケンカをしたの?」
と聞き返していた。
「そういうことだ。今のこいつは、
怒りで爆発したままだ。
怒りがおさまるまで、
そっとしてやるほうが一番だろうよ」
今のオレは、藤原たちの怒りで
まだ爆発したままだった。
和彦や尚志の気持ちはうれしいが、
今のオレは藤原への憎しみの感情が
邪魔して、気持ちがコントロール
できないでいたのだ。
「もういいだろう?彰、帰ろうぜ」
「おいっ、拓哉ちょっと待てよ!
そういうことだから帰るわ。
尚志、和彦、またな」
「うん」
オレと彰が学校を出ようとしたのを
見て尚志が言った。
「拓哉があんなに怒ったの初めてだよ」
和彦も言う。
「拓哉は、ひろみさんを
愛しているんだね。
だから、藤原たちが
許せなかったんだね」
オレは、まだ怒りで
爆発していて冷静になれなかった。
ひろみを傷つけようとした
藤原への憎しみが込み上げてきて、
どうすることもできなかった。
オレは、彰と一緒に学校の校門を出た。
「河原にでも行ってみるか?」
オレに気を遣っていたのか、
彰はオレが冷静になるまで
見ていてくれた。
「どうだ?少しは、落ち着いたか?」
「あぁっ」
「拓哉、和彦や尚志の気持ち
わかってやれよ。
あいつらは、あいつらなりに
心配していたんだからな」
「そうだな」
「プラスとマイナスのかけ算
みたいなもんだな。
友達ってのは、面白くできているぜ」
「まったくだな」
「拓哉、停学で芸能界の仕事が
なくなることにならないのか?」
「わからない。所属事務所からの
連絡で処分が決まるからな」
「タイムトラベルを辞めることに
なるってことか?」
「あり得るかもな」
「拓哉、おまえにとって
ひろみさんは大切な女性なんだな。
さっき、ケンカした藤原はな、
オレの寮で好き放題やっていた
不良だったんだよ。
だから、いつか必ず決着つけて
やろうと思った。
ヤツは中学時代、駅伝で
熊本の代表選手だったんだよ。
オレは、長崎の代表選手で
ヤツと走ったが、
ほんの少しの差で負けていた。
ところが、オレが中学二年だったかな?
ヤツが、試合前にケガをして
走れないって聞いたんだ。
それからかな?
不良グループと一緒に行動して
寮で後輩をいじめて問題行動を
起こしたのは…」
「それじゃ、おまえが追いかけても…」
「そうだよ。オレの足では
追い付かないはずだぜ。
だがな、拓哉。
これで藤原と決着をつけることが
できたよ。ありがとう」
芸能界の仕事がなくなる。
すでに、それは覚悟をしていたことだ。
ひろみを守るためにやったことだから
後悔はしない。
どんなことがあっても、
すべて受け入れる。
今のオレには、それしかないんだと
自分に言い聞かせていた。
彰も、かつてのライバルだったヤツと
決着をつけることができたと
言ってくれた。
それはオレにとっても同じだった。
オレにとって彰は、ケンカしたことで
尚志とは違う友情が芽生えていたのだから。
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