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父と息子
オレは、学校からまっすぐ
家に帰ってきた。
「ただいま」
「拓哉、さっき学校から
電話があったわよ。
学校を停学になったって本当なの?
お父さんが、部屋で待っているから
行きなさい。
話があるそうだから」
「おやじ、帰っているの?」
オレは、家に入ると
おやじの待っている和室に行った。
「ただいま、おやじ」
「バカタレ!ケンカで学校停学に
なるやなんて何事じゃ!
おまえのケンカの原因は、
大抵想像ついとるわ!
朝霧裕美、どうや?図星やろ?」
おやじの言うとおりだ。
ひろみをレイプしょうとした相手が、
学校の中にいたのだから…。
だけど、オレはひろみを守るために
ケンカをしたのだから後悔していない。
たった一人の愛しい女を守りたい
気持ちから戦ったのだから…。
そして、おやじの言葉はさらに続いた。
「三上寛はな、ラジオだけやなく
演劇界でも名前の知られている男や。
だから、おまえを三上寛に預けて
芝居や舞台の力をつけさせようと
思っていたんや。
朝霧裕美は、ドリームランドのなかで
三上寛の女房、佐藤瑠璃子以来の
金の卵やったんや。
それをおまえは、わけもわからんと
かっさらっていったんや!」
「なんだよ!そんなこと、
オレには関係ない!
人を好きになって何が悪いんだよ!
オレは、ひろみを愛している。
オレは、彼女と一緒になりたい」
オレは、おやじとのやりとりで、
さっきまで落ち着いた感情が爆発した。
「結婚なんて、まだ早いわ!
おまえは、まだ16才やないか。
おまえは、初めて恋した相手が
悪かっただけや。
子供が、麻疹にかかったようなもんや」
「オレは、ひろみの他に女はいらねぇ!
オレのおふくろのこと忘れたおやじに
何がわかるんだよ!」
「拓哉!」
「ほっとけ!バカタレが…」
「お父さん、拓哉も人を好きになる
年頃になったんですよ。
裕美さんのとの仲を
許してあげてくださいな」
「拓哉が、学校停学になってまで
守ろうとした女やさかいな。
拓哉が帰ってきたら
二人の仲を認めたるわ」
さすがにキレたオレは、
制服のまま家を飛び出していた。
外は雨が降っていた。
雨が降っているさなか、
ずぶぬれになったオレは、
気がついたらひろみの部屋に来ていた。
「拓哉、どうしたの?早く、中に入って」
ひろみが、ずぶぬれになった
オレを心配して部屋に入れてくれた。
「拓哉、学校を停学に
なったって本当なの?」
「それ、誰から聞いたんだよ?」
「寛先生から聞いたの。何があったの?」
オレは、ずぶぬれになった
制服を脱いで、部屋に予備で
置いていた自分の服に着替えた。
「拓哉、ホットミルクが
できたから飲んで」
ひろみが、オレに風邪を
ひかせないように、ホットミルクを
つくってくれた。
ホットミルクを飲んで、
しばらく落ち着いたオレは、
ひろみに学校を停学になった
原因を話した。
「オレがケンカしたのは、
一級上の不良グループだった。
そいつらは、学生寮でやりたい放題
やっていたらしい。
彰は、以前からヤツらと決着を
つけるとケンカをしたが、
オレはヤツらに、もう一つの理由が
あって彰のケンカに加勢した」
「なんだったの?それは」
「ヤツらだったんだよ。
おまえをレイプしょうとしたのも、
稽古場で待ち伏せして、
ストーカー行為をしたのもな」
「それじゃ拓哉は、あたしのために
ケンカをしたの?
学校を停学になったのは、
あたしのせいでそうなったの?」
「だけど、オレは後悔していない。
おまえを傷つけようとするヤツは、
誰であれ許せなかった。
ただ、それだけのことさ」
「拓哉、ごめんなさい。あたしのせいで」
そう言ってひろみは、泣き出した。
泣いているひろみを見てオレは、
ひろみを抱きしめていた。
抱きしめて、ひろみの髪をなでながら
オレは言った。
「泣くなよ、ひろみ。
いいんだよ、おまえが責任を感じること
ないんだから。変に気にしてしまうと、
また倒れてしまうぞ」
オレは泣いているひろみを、
ずっと抱きしめていた。
長い髪をなでながら、ずっと抱きしめて
長い時間が過ぎていた。
「拓哉、これからの仕事はどうなるの?」
「仕事のほうは、所属事務所からの
処分が決まるまではわからない。
おそらく厳しい処分になるかもな。
タイムトラベルも、
オレは辞めることになるかもしれない。
だけど、後悔はしない。
すべて、受け入れるつもりだ。
ひろみ、オレが芸能界の仕事が
なくなってもオレについてきて
くれるか?」
「拓哉に何があっても、
あたしの気持ちは変わらないわ。
あたしは、あなたについて
行くって決めたんだから」
「ありがとう、ひろみ」
これで覚悟ができた。
もう、何があっても受け入れる。
抱き合ってキスをしようとした時に、
部屋の電話が鳴った。
「もしもし?」
「あっ、ひろみさん?オレ、尚志」
「どうしたの?こんなに、夜遅くに」
「拓哉がおやじさんとケンカをして、
家を飛び出したまま帰ってこないんだよ。
もしかしたら、そっちにきてないかと
思って。拓哉、来ている?」
「こっちには、来ていないわよ」
「もし、拓哉が来たら家に
帰って来いって伝えといて。
心配しているから」
「わかったわ」
「どうした?何があったんだ?」
「拓哉、お父様とケンカしたって
本当なの?」
ひろみが、いつになく厳しい口調で
オレに言った。
オレは、ひろみにおやじと
ケンカしたことをすべて話した。
おやじに、ひろみの他に
女はいらないと言ったことも
全部打ち明けた。
「拓哉、今夜は遅いから
泊まっていいよ。
でも明日は、ちゃんと帰って
お父様に謝らないとダメよ。
でも拓哉が、あたしの他に
女はいらないって言ってくれてうれしい」
「本当だよ。オレは、
おまえの他に女はいらない。
おまえだけを愛しているから、
おやじに言い切ったんだ」
「拓哉、あたしも拓哉の他に
男の人は考えられない。
あたしにとって、拓哉は大切な人だから」
しばらくの沈黙を破るように、
オレはひろみにキスをしていた。
そしてオレは、ひろみを抱きしめて
自分の体を重ねていた。
禁断の密の味を覚えてしまったオレは、
ひろみの肌に触れて小さな子供が
甘えるように愛していた。
心も体も触れあって、オレたちは、
その日の夜ひろみの部屋で
朝まで過ごした。
そして翌日、朝帰りをしたオレに、
おやじが待っていた。
「夕べは、どこに行ってたんや?
母さんは、一睡もせずに
待ってたんやで。
それからな、今朝早く事務所から
電話があって、おまえを連れて
一緒に来いって知らせてきた。
ワシの付き人が、迎えに来るから
出かける支度をしておけ」
「わかったよ。おやじ、
一つだけ聞いていいか?」
「なんや?」
「おやじは、オレのおふくろのことを
愛していたの?」
しばらくして、おやじは
静かに話を始めた。
「おまえの母さんの明美は、
ワシの幼なじみで初恋の女やった。
ワシらは若い時に一緒になって
幸せやった。
しかし、明美は心臓が悪くて
病気がちやった。
子供ができた時はうれしかったが、
逆に明美には子どもを産むのは
危険やと医者から言われたんや。
だけど、明美は自分は死んでもええから
子供を産みたいって言ったんや。
そして、おまえが生まれたんや。
おまえの産声を聞いて間もなく
明美は死んでしもた。
だけどな、明美は自分の命と
引き換えに、おまえを
形見に残してくれた。
ワシも、いつかは明美のそばに
行く日が来るやろ。
それまで、おまえを
必ず一人前にして独り立ちさせて
やろうって決めていたんや」
「おやじ、ごめんよ。
オレのおふくろを忘れたなんて、
ひどいことを言って…」
「拓哉、おまえが朝霧裕美の他に
女はいらないって言った時は、
昔のワシを思い出したんや。
ワシも、明美の他に女は
いらないって思ったんや。
今の母さん真奈美は、明美の姉さんや。
真奈美は、ワシが明美を思っているのを
承知の上で一緒になってくれた。
明美の代わりに、おまえの本当の母親に
なりたいって言ってな」
おやじにとってオレのおふくろは、
初恋の女性だったんだ。
オレがひろみを愛しているように、
おやじもオレのおふくろを
愛していたんだ。
ありがとう、おやじ。
そして、オレを産んでくれた母さん。
そして、オレを
今まで育ててくれた母さん。
本当にありがとう。
オレは、おやじの話を聞いて
心の底からそう思った。
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