マリッジリング

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マリッジリング

「来週の日曜日、 予定をあけといてくれないか?」 「どうしたの?」 「法事をやるんだ。オレのおふくろの」 「お母様の?」 「あぁっ、おまえは オレの嫁になるから来てくれって、 おやじがそう言っていたよ」 「あなたのお母様は、あなたが生まれて すぐに亡くなったんだって聞いているわ」 「皮肉にも、オレの誕生日が おふくろが亡くなった日だからな。 もう、十七回忌だってさ」 「あなたにとって、亡くなったお母様も、 今のお母様も、かけがえのない存在なのね」 「あぁっ、そうだな。 二人のおふくろがいたからオレがいる。 今は、そう思っているよ。 あっ、そうだ。 大切な物を渡すの忘れていたよ」 そう言って、オレはカバンから 小さな箱を取り出していた。 「ひろみ、夏休みにいろいろあったから、 渡すの忘れていたよ。 おまえの誕生日のプレゼント」 「拓哉、ありがとう」 「開けてみろよ。 今度、おまえに渡す時は婚約指輪だ。 今のは、その代わりの物だ」 ひろみが、オレから渡された箱を開けてみた。 「まぁっ、キレイな指輪。 あたしの誕生石が入っている。 ありがとう、拓哉。 あたし、うれしい。 あたし、これで十分よ」 箱に入っていたのは、 ひろみの誕生石サファイアの指輪だ。 前から小遣いを削ってためた金で、 やっと手にした物だったから、 オレも喜んでくれている ひろみを見てホッとした。 やっぱり、ひろみの喜んでいる顔を 見ていると安心する。 ひろみの腕の中に抱いていたオレは、 今とても幸せだった。 次の日、学校でオレは尚志たちにも オレのおふくろの法事のことを話した。 「それだったら、オレは聞いているよ。 来週の日曜日だって 父さんから聞いている。 オレは、父さんと一緒に 行くことになっているから」 「その法事に、彰と和彦も 一緒に来てほしいんだ。 ひろみも来るから、絵梨ちゃんにも、 声をかけといてくれないか」 「気持ちはありがたいんだけど、 絵梨は予定があっていけないんだ。 もうすぐ、ドリームランドの 入団テストが始まるから、 そのレッスンで忙しいんだよ」 「来年の1月だったな。 ドリームランドの入団テスト」 「そうなんだよ。今は、追い込みに 入っているから、毎日学校から帰ると すぐにレッスンに出かけて、 寮の門限の時間、 ギリギリに帰ってくるんだよ」 「入団テストは、厳しいからね。 でも、絵梨ちゃんが ドリームジェンヌになるといいね」 「ありがとう。 入団が無事に決まったら報告するよ」 「拓哉、おまえのおふくろさんは 生まれてすぐに亡くなったんだよな」 「あぁっ、皮肉にもオレの誕生日が おふくろの亡くなった日でもあるんだよな。 それも、今のおふくろは 亡くなったおふくろが生きていたら、 オレの伯母さんになっていたんだからな」 「だけど、おまえは 二人のおふくろさんに守られて幸せ者だぜ。 来週の日曜日だったよな、 オレと和彦もかまわないぜ。 寮にいたってヒマだからな」 「ありがとう、彰」 それから一週間たった日曜日、 オレの生みのおふくろの法事の日がきた。 オレは、駅で彰と和彦を迎えに来ていた。 「拓哉」 「オッス、道に迷わなかったみたいだな」 「尚志は?」 「尚志は、おやじさんたちと来るって メールで知らせてきたよ」 「あれっ?ひろみさんは?」 「家にいるよ」 「えっ?なんで?」 「家に来るなり、おふくろに 何か手伝うことないですかって 言って、台所手伝っているよ」 「さっそく、嫁さんとしての 手伝いをこなしているわけか。 これで、将来の心配はなさそうだな」 そう言って冷やかす彰と和彦だが、 オレは不思議と早く、 ひろみと一緒になれたらと 夢を持つようになっていた。 「ただいま」 「お帰りなさい」 「母さん、尚志来た?」 「今、ちょうどお父さんたちと 一緒に来たところよ。 今日は、ひろみさんが 来てくれて助かったわ。 あの子、料理の手際が良くて ほとんど任せられたわ」 「そうなんだ。紹介するよ、 オレの友達の彰と和彦」 「はじめまして、拓哉の母です。 せっかくだから、あがってちょうだい。 尚志くんも待っているから」 「おじゃまします」 それからオレは、彰と和彦を連れて 奥の仏間に入った。 部屋に入る途中で、 ひろみとすれ違ったオレ。 そう、今日のひろみは 法事用の和服だったので、 彰と和彦はびっくりしていた。 「あれっ?今のひろみさんだよね?」 「さすが、日舞藤村流のお嬢様だけあって 和服は着慣れているみたいだな」 「ひろみ、悪いな。 すっかり、手伝わせてしまって」 「いいのよ、あたしはかまわないから。 早く、彰くんと和彦くんを連れて行ってあげて。 お父様のお酒は、 住職さんのお経が終わってから出すことにしたから」 「悪いな、気を使わせてしまって。 今日は、尚志のおやじさんたちも来ているから、 おやじも酒を飲むの控えるから大丈夫だ」 ひろみの左手の薬指には、 オレが贈ったサファイアの カレッジリングがはめられている。 ひろみが喜んでくれる顔が見たくて 頑張ったかいがあったぜ。 「ひろみさん、あなたも仏間に行ってちょうだい。 ここは、片づいたから」 ひろみは、身支度を整えてから仏間に来た。 ところが、尚志のおやじさんが、 ひろみを見てびっくりして 『明美ちゃん』と呼んだそうです。 尚志は慌てておやじさんに、 「父さん、違うよ。 この人は、石川ひろみさん。 拓哉の彼女だよ」 と説明して納得したようです。 ちなみに明美って名前は、 オレの生みのおふくろの名前です。 「よう似とるやろ、寛治。 この子、明美に似とるやろ?」 「驚いたわ、ホンマ。 明美ちゃんが帰ってきたんかと思ったで」 「せやろ、ワシも初めて見た時は驚いた。 明美が、生き返って家に帰ってきたんかと 錯覚したんやさかいな」 「拓哉、あなたのお母様は あたしによく似ていたの?」 ひろみが、オレの隣で話しかけてきた。 「そうだよ。 上に飾っているのがオレの生みのおふくろ。 おまえに、よく似ているだろ?」 「えぇっ、ほんとにびっくりしたわ。 お父様が、驚かれるのも無理ないわね」 住職のお経が終わって、 みんなが和気あいあいと話が弾んだ。 オレが生まれた時のことや 生みのおふくろの話など、 オレの知らないことを たくさん話してくれた。 「あなたのお母さんが亡くなった時に おじいちゃんは、 あなたを引き取りたいと言ったの。 だけど、私が育てていくからって言って そのまま私があなたを育ててきたの」 「オレに、おじいちゃんがいたの?」 「あなたのお母さんが、 亡くなってから会ってないだけ。 いつか、大人になった時に 会わせたいと思っているわ」 母さんの言葉が、 今のオレにはわからなかった。 だけど、オレが生まれた時に 深いわけがあったんだと、 オレは心の中で思った。
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