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もう迷わない。僕が生涯の愛を誓う女性は、サチコ、君しかいない。活男は、大きく深呼吸してから言った。「結婚してくれますか?」
サチコも大きく頷き、小さく言った。「はい、よろしくお願いします」
この結婚相談所は、「3」がルールだった。登録された会員のプロフィールを見て自分に合う相手を見つけるのだが、会う相手は3人まで。もし相手を気に入ったら会えるのは3回まで。3人と会って結婚相手が決まらなかったら退会というシステムだ。活男とサチコが会うのは今日で3回目。今夜がプロポーズされることはお互い承知の上だったという訳だ。
ついにこの時が来た。サチコの答えを聞き、活男は幸福の絶頂を噛み締めた。ビルの最上階の未来まで見渡せそうなレストランで、サチコの優しい答えを聞き活男は緊張の糸が解けた。
「サチコさんは、僕のどこを気に入ってくれたの?」
少し考えてサチコは言った。「決断力があるところかな」
「決断力?」
「そう。店でメニューを選ぶ時もすぐ決められるでしょう?私は迷っちゃう方だから、そういう所が頼もしいなって」
活男はイツ子のことを思い出した。イツ子は活男とは正反対のタイプだった。
オフィスの自販機に100円玉を入れたのにまだ迷っている活男の後ろから勝手にボタンを押したのがイツ子だった。
「これ、おいしいわよ」
と出て来たジュースを手渡したイツ子。それから活男は職場で、食堂で、飲み会で、イツ子に頼るようになった。
「週末、映画見ようと思っているんだけど、アクションかSFか迷ってるんだ」と聞けば、すぐに答えを出してくれる。どんな時でも進む道を迷わず即決できるイツ子は、気が付いたら活男にはなくてはならない存在になっていた。
迷った時にはいつでもイツ子に答えを求めた。だがひとつだけ、それができないことがあった。彼女に愛を伝えるかという問題だった。
イツ子に気持ちを打ち明けたい。「好きだ」と言って抱きしめたい。そして、一生僕の傍にいて、迷う僕の後ろから自販機のボタンを押して欲しい。でも、もし断られたら? そして、一生彼女を失うことになってしまったら?
迷いの沼に嵌まり、抜け出せなくなった時、イツ子は活男の前から姿を消した。活男には分かっていた。好きという簡単な言葉さえ言えない自分に彼女は愛想をつかしたのだと。
だから活男は、結婚相談所を選んだ。選択肢が少なく、選ばなかったものを目にすることがなければ、迷うこともなくなるのだ。迷いさえなければ、こんなにスムーズに人生はひらけていく。結婚相談所に入会したばかりなのに、もう運命の相手と出会い、一生で一番大切な約束を交わしたではないか。
クリスマスのイルミネーションが灯る街を歩き、活男とサチコは駅に向かった。活男は、別れ際、サチコにキスをするつもりだった。プロポーズしたんだから、キスくらいした方がいい。そうだキスだ。キスしなくちゃ。キスキスキスキスキ・・・。
キスで頭が一杯になったその時、
「活男!」
叫ぶ声が聞こえた。そこには、姿を消したと思っていたイツ子が意を決したような顔で立っていた。
「イツ子、なぜここに?」
唐突に現れたイツ子は、活男に答える代わりにコートの上から固く抱きしめた。「もう放さない」
ドラマか。突然のことに驚いている僕の耳元でかなり大きな声でイツ子は言った。
「私、今までずっと迷ってた。活男のことを好きになっていいのか。お互いもっといい相手がいるかもしれないし。でも、あなたと離れて気付いたの。私があなたの最良の相手になるしかないのよ。もう迷わない。こんなにあなたが好きなんだもの」
迷ってた? イツ子が迷っていただって?
活男は、イツ子を顔を見た。その後ろには、さっきプロポーズしたばかりのサチコがいた。
僕はどうすればいいんだ。結婚を前提でつきあい、プロポーズした女性と、どういう関係なのかうまく説明できない女性と。
というよりも、今、この場をどう切り抜ければいいんだ。僕は人生最大の迷いの蟻地獄に落ちている予感しかしない。
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