世界は終わりそうにない

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『でこっぱち。今日もカツサンドか』  私はこの瞬間、フラッシュガールを夜空へと投げ捨てる。ドブ底に捨てたい気分だが、丘公園には清潔な水が流れる噴水しかない。こういう考えても仕方がない事は空に捨てるようにしている。 「これしか売り余ってなかったの」  がさがさと袋を漁りながら、私はコンビニのごはんをベンチに並べる。 『おめえ、年取ったら分かるけどよ。三十路を過ぎると深夜の揚げもんはつれぇんだぜ』 「ふふ」 『何がおかしいんだよ?』 「まだ若いじゃない」 『この年まで生きたらわかるさ』  このどうしようもなく、平凡で、深刻さもなく、夜の冷えた空気とともに淡々と過ぎてゆく時間がたまらなくいとおしかった。  ゴッホの星月夜みたいじゃない、と丘の下を指差すと、おじさんは『色が分かるのかい』と目を細める。 「ううん。全部グレーよ。濃いのが海と夜空で、薄いのが家とか工場。つまらない世界。星月夜だと思えば、せめてきれいな切り絵みたいには見える気がして」 『星月夜も別に面白い画じゃねえよ。きれいというわけでもない』 「おじさんは好きだと言ったじゃない」 『好き過ぎて幽霊になっちまったけどな』 「おじさんはどうして死んだの?」  おじさんは、世界があまりに美し過ぎたから、と言った。色盲のために世界の大半の色がグレーにしか見えない私には理解できない言葉だった。 『飯、ありがとな。あと、多分会えるのは今晩が最後だよ』 「どうして? 私、他の人にバラしてないよ。とてもいい幽霊なんだってこと」 『次の夜がオレを待っているんだ』 「待って。私、あなたみたいに世界を見てみたいの!」 『君は美しいよ。いらないならその命を譲ってほしいくらいに』  私はどきりとした。私がひとりで勝手に死ぬ分には、きっと天国から丘公園に遊びにきているだけのおじさんと、あの世でふたり幸せになれるかもしれない。でも、命を譲るとなると話は違う。 「おじさん、まだ地縛霊のままでいてよ。私もすぐにゆくから」  おじさんは、ゆっくりと瞬きをした。 『美しいものが泥みたいに汚れていくのを見たくないんだ。我儘を言ったり、どんどんと耐えられなくなっていって嫉妬したり罵ったり、辛くなってゆく人間は死ぬ間際のオレのようであるから。美しいままの君を見て別れたい』 「いやよ! 私はおじさんが好きだもの!」 『今日までありがとう。素直に生きるんだよ』 「離れられないわ! だってもう私に憑いているんでしょ! 私の心を救ってよ!」 『きっと君は耐えられないぜ。だって、色のついた世界はもっとおそろしいから』  灰色に渦巻いた夜の街を眺めて、私はおじさんからそんな最後の言葉を貰って、2年の地下アイドル生活に幕を下ろした。
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