聖戦前日譚

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聖戦前日譚

 座敷わらしたちは恐怖した。今年もこの季節がやってきたのだ。長生きする妖怪といえども、生々流転する人間社会の動向を見つめていかなければ生きていけない。座敷わらしや垢なめといった人家に依存するタイプの妖怪は特にそうである。ひっそりと姿を隠して暮らすというのは古来と変わらないが、その中身は発展した人間の文明の恩恵を多大に受けていた。反面、都市部と過疎地域では人間の生活様式も、妖怪への驚き具合も異なるので、うっかり姿を見られた際に神職や僧ではなく警察を呼ばれた者もいた。先祖たちが経験しなかった危機も多くあった。  12月上旬。都市部を拠点に暮らしている二人の座敷わらしの少女は、いつもの情報交換をするためにマンションの前の公園に集まっていた。年を越すごとに撤去される遊具の中で、公園の体裁を保つために残された滑り台とベンチが一組ずつあり、二人はそれぞれの遊具に着物の袖を汚さないようにしながら腰掛けていた。 「今年もこの季節がやってきたのだ」 「と、言われましても。僕は今年の夏にここに移り住んだばかりですので。詳しく教えてもらえはしませんかね」 「もちろんだ。これは我々アーバン座敷わらしにとって決死の防衛戦なのだ。情報共有は惜しまない」  アーバン座敷わらし。後輩にあたる座敷わらしは初耳かつ意味の分からぬその単語を復唱した。 「昨今では、この時期の決まった日にありとあらゆる民家に侵入する輩が現れているのだ」 「泥棒みたいなものですか」 「そんな半端者じゃない。私も今年ここに来たから噂でしか知らないが……どんなに堅牢な戸締りをしようとも、どこからともなく入ってきてしまうという。しかもその者は一晩の内に幾千、幾万という住居へ訪れる敏捷さも併せ持っている」 「なんて恐ろしい・・・・・・。で、進入したそいつは何をするんです?」 「プレゼントを置いていくのだ」  沈黙。  聞き間違えたと思い、もう一度尋ねる後輩。 「だから、プレゼントを置いていくのだ」  後輩はとたんに12月の肌寒さを覚えた。温かいミルクでも飲みたくなってきていた。 「待て。まーて、帰ろうとするな。確かに害はないが、座敷わらしにとっては縄張りを荒らされるという由々しき事態だ。今でこそ、この時期にしか現れないが、ゆくゆくは毎日出現するかもしれない」 「・・・・・・それは確かに困るというか、気持ち悪いというか」 「だから今のうちに正体を突き止めなければならないのだ。あいにくこのあたりは座敷わらし仲間が少ない。私とお前で迎え撃とうじゃないか」 「言ってることは分かりました」 「うむ。ではこれより作戦会議だ」  わかったけど、出来るのかなあ。後輩座敷わらしは未だにどんな存在か分からない、その12月限定の不審者の姿をあれこれ想像するのであった。  時期はクリスマス直前。町の中心に行けば嫌でもその素性が分かるというものだが、人ごみを嫌う彼女らはまさか彼が欧米が生み出した伝説に生きる人物だとは夢にも思わなかったのである。
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