4人が本棚に入れています
本棚に追加
「ほんとごめん。次の春はちょっと忙しいの」
私は両手を合わせて、拝むような姿勢を取る。
「私が他のジャンルにも手ぇ出してるのは知ってるでしょ?春はそっち優先したいの。東京ユートピアの原稿描いてる時間ないや。ただでさえ今、リアル仕事の方も忙しくて時間捻出できないしさ」
「あーそう……そういうことなら仕方ないけど。他のジャンルのことまで口出しする権利ないですし」
「ごめんね淳子。今度埋め合わせするから、ね?」
「うー、楽しみにしてたのになあ」
じゃあ仕方ない!と彼女はバン!とスケッチブックを取り出してくる。半分以上酔っているせいか、その衝撃でいくつも空のビール瓶が落下したがまるで気にしていないようだ。幸い床にカーペットは敷いていないが、雑巾がけはしなければいけないだろう。私がやるしかないかなこれ、と思いつつ苦笑気味に彼女を見つめる。
「はいはい、ネタ出しの協力ね?」
「翠殿は話が早くていいでござるのー。とりあえず次はパラレルで行くからさ。平和な遊園地デートってことしか決まってないのよ。いいかんじのシュチュエーションのネタ、出して出してー」
「はーい」
そして私は――プロット作りに協力しながら。心の中で、彼女に平謝りをしているのだった。
――ああ、言えない。言えるわけないよお……!
何故、直前になって私が彼女との合同誌をやめたのか。本当の理由は別にある。
ようは――春の東京ユートピアのイベントに、参加するのが気まず過ぎたのだ。何故なら。
――言えない……アンタが蛇蝎のごとく嫌ってるお局の峯岸サンが……同じ東京ユートピアで腐女子してるなんて言えないいいいい!
先月休憩所で聞いてしまった恐ろしい事実。あの峯岸が、まさか東京ユートピアにハマり、腐女子として同人活動を始めてしまっていたという現実。しかも何が恐怖かって、そのカップリングが設脇である。彼女が溺愛する脇設の逆CP。まさに見えている地雷!
万が一会場で二人が出会ってしまったらどうなることか。それこそ、血を見る女の戦いが始まってしまいかねないではないか。ただでさえリアルで一触即発だというのに!
――ごめん、淳子。チキンな私は何も言わずに逃げまっす……!
作品への愛は、重すぎるほど重い。そして同時に、過激派オタクは恐ろしい。
イベントごとに真剣になって作品作りに取り組む彼女を前に、爆弾を投下する度胸は――私にはなかった。
最初のコメントを投稿しよう!