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はじまり
「これが君の全力、か?」
凍えるような空気が、私と先生の間に漂う。一瞬で周囲の気温が下がってしまったようだ。
私は目の前にあるピアノを、黙って見つめていた。何を言われるだろうか。緊張で口の中がパサパサだ。水が飲みたい。
「期待外れ、だったな……いや」
ため息混じりの声が私の耳を掠める。
頭をハンマーで思い切り殴られたようだ。
目の前が真っ白になりながらも、何とか意識を保つために、力強く拳を握り締めた。
「期待した私がバカだった、ということか」
今までで、一番心に深く刺さった。
これまで何度も、先生からは辛辣な言葉を投げかけられたが、今の言葉以上に鋭くトゲのある台詞はあっただろうか。
グランドピアノに反射した先生の顔は、眉間にシワを寄せ、険しい表情をしていた。
――私のピアノ、何か間違えてたのかな。
私は恥ずかしさのあまり顔を伏せる。瞳から大粒の涙がボロボロと溢れ出した。
「残念だ。君の音からは何も感じられない」
「今日はもう終わりだ」と言葉を捨てて先生は去っていく。まだ終了の時刻ではないが、私は少しだけホッとした。
涙で視界が滲んだまま、私は帰る仕度を進める。途中何度も先生の言葉を思い出し、息が詰まって苦しくなった。
レッスン室を出た後、私は目元と鼻を真っ赤に染めたまま、コンビニに立ち寄った。
そして私はその日、
――コンビニのゴミ箱に、楽譜を捨てた。
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