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完全に、スマートに、先生の作る空気は、私を包み込んでいた。
一緒に帰れることなっただけでもびっくりだったのに、こんな展開になるなんて。
でも、少し冷静にならないと。
高校生みたいに、“憧れの先輩” を前に、前後の見境がなくなるようでは情けない。
憧れは、憧れだけど。
それ以上、何って、望むわけではないけれど。
”先生”ではない、”藤岡裕樹”さんを知りたかった。
おいしそうな匂いを連れて、料理が運ばれてくる。紅茶は、店員さんがポットからカップに注いでくれた。
「紅茶、体が温まります。ありがとうございます」
本当は、こんな季節にホットの紅茶?と思っていたけれど、手のひらに包んだカップから伝わる温度が、さっき冷たさを感じた背中にゆっくりと広がる。
「少し顔色悪かったから。濡れた服は、体温奪うからね」
「…さすがですね」
「一応、医者だし」
さっきと同じセリフを言って、先生が笑う。
「しつこいか、おじさんは」
ビールをゆっくり飲む先生は、あまり医者らしくなかった。
濡れた髪をかき上げる黒いTシャツ姿は、大学のキャンパスにいても、素敵な先輩と思えたかもしれない。
現に、隣のテーブルの女子会らしきグループの何人かは、楽しそうに話しながらも、時々先生に視線を向けている。
「先生をおじさんなんて、思ったことありません」
その視線に、少しイラっとしながら言ったせいか、強めの口調になった。
ピザを頬張る私を、先生が嬉しそうに見つめる。
「美味しい?」
モグモグする口元が恥ずかしくなって、ナプキンで口元を拭くふりをする。
「おじさんじゃなければ…友達でも大丈夫?」
友達?…先生と私が?
なんて答えたらいいかわらなくて、返事ができずに俯いた。
先生はその話題にはそれ以上触れずに、その先は、病院の事や大学のゼミの話をおかずにイタリアンを堪能した。
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