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私は、友達の中にいると聞き役をしていることが多い。おしゃべりが嫌いなわけでも、人との付き合いが苦手なわけでもないけれど、話の内容が相手に合っているのか気になってしまい、上手く会話を進められなくなってしまう。
それなのに今日は気が付くと、自分から話していることが多かった。
先生は聞き上手で、オープンクエスチョンをしてくれるので、自然と話しが続いていく。
相手によっては、こんなにも楽に会話ができるんだ…。
先生は時々、お茶目な相槌や気の利いた感想を言って私を笑わせてくれた。飲み込んでいた緊張は、いつの間のかお腹の中で料理と一緒にこなれて、あっという間に時間は10時を過ぎている。
まだここに居たかった。
でも、そんな訳でにはいかない。…デートじゃないんだし。
そろそろ帰ることを考えて行ったトイレから戻ると、ちょうどエスプレッソとレモンシャーベットが届いたところだった。本物のレモンの皮にきれいに盛られたシャーベットが、私の前に置かれる。
「さっぱりして、美味いよ、これ」
最後に、少し甘いものを食べたいな、と思っていた。
甘すぎない、甘いもの。
いくらお医者さんでも、そこまではわからない筈。
先生は、カップの縁を持って、エスプレッソを飲んだ。
中指の角度がきれいで思わず見とれてしまったけれど、先生に気づかれる前に、レモンシャーベットにスプーンを入れる。
「…ホント、美味しいです」
見た目よりも柔らかな食感は、冷たさよりも喉を通る爽やかなジューシーさが癖になりそうだった。
「唇すっかりいい色に戻ったから、冷たいものも大丈夫かと思って。オリーブオイルの後味にも合うし」
先生は、やっぱりお医者さんだった。
気付かないうちに、また唇を見られていたことが恥ずかしくて、スプーンを咥えたまま俯く。
「先生、ずっと診察しているみたいですね」
先生はカップをゆっくり置きながら、私の目をまっすぐに見る。
「診察？したくない人にはしないよ、仕事じゃないんだから」
したい人にする、わけでもないということ？
「先生と一緒だと、誰でも安心ですね。具合が悪くなる前に、助けてもらえそうで」
基本的にずっと緊張しているせいで、自分の言葉が上手に返事になっているのか、怪しい。
「誰でも、安心させたいわけじゃないけどね。そんな風に見える？俺」
一瞬残念そうな表情をして、そう返される。先生が、俺と言うのを初めて聞いてドキッとした。
「いえ、すみません。そういう意味じゃなくて…」
先生は柔らかく首を傾げて、さっきより深く私を見つめる。
その瞳から逃れられずに、私も先生を見つめてしまう。
「安心させたいとしたら、大切に想う人、限定かな」
「…」
時を止めた先生の表情は、真剣な笑顔だった。
私が何も言えないでいると、先生は瞳をそらさないまま言う。
「ここのシャーベットも美味いけど、隣の中華屋の杏仁豆腐も抜群だよ。食べたことある？」
「…いえ、ここのフロアのレストランは、来たことがなくて…今日が初めてです」
このフロアのお店は、大学生には少し敷居が高い。ましてや、ディナーの時間帯は。
「デート、でも？」
「来たことありません。ていうか、デートは相手がいないと」
おそらく不自然な笑顔を返す。
こんな風にエスコートされて、デザートを頼んでもらったりする、大人なデートには縁がない。女の子を勘違いさせるには、十分なシチュエーション。
そっか、と小さく言った先生は、私がシャーベットを食べ終わった事を確認すると、伝票を掴んだ。
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