それぞれの距離

9/10
前へ
/142ページ
次へ
「味、見せて?」 先生はそう言うと、当然のように私の手からグラスを取った。カルーアミルクを一口含む。  間接キス。  こういう場所では、それほど気にすることではないのかな…。気にするほうが、意識しているみたいで。 「確かに。でも、甘すぎない?」  かなり甘い、と言いたげに先生は、柔らかく笑ってグラスを返してきた。  遠目に、マスターの笑顔が見える。遠くにいると完全に素敵な男の人にしか見えない上に、カウンターの中がよく似合う。  でも、目の前で微笑む先生はそれ以上に、醸し出す雰囲気さえも感じ続けるのが苦しくなる程、素敵だった。  店には、心地よいピアノの音色が、会話の邪魔にならないように流れている。  病院よりレストランより、こんな場所だとさらに自分は子供っぽくて、先生には不釣り合いに思える。だから、”妹”だったんだろうか…。  お店にいたお客さんも後から来たお客さんも、完全に場慣れしてお店の雰囲気に溶け込んでいる。おしゃべりとお酒は、違和感なく交じり合って、私みたいに物珍しそうにグラスに見入っている人はいない。  先生も、顔見知りの人がいるらしく、何人かに軽く会釈をしている。 「先生、患者さんに頼まれたことって…」  間接キスに動揺したことを隠すように、話題を変えた。頼んだのは、きっとマスター。 「そうだ、これ、玲さんに渡さないと」  先生は、病院の名前が入った薬袋を取り出すと、カウンターに向かった。
/142ページ

最初のコメントを投稿しよう!

431人が本棚に入れています
本棚に追加