栃木 3 君と僕との物語

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年が明けて、 昭和19年ともなると 日に日に戦局は困難を極めつつあった。 僕はなんとか時間を都合しては 那須塩原へは帰るように心掛けていた。 帰るたびに、  ーこれが最後ー 片隅にいつも起こる一抹の不安・・・。 そんなときは二人で散歩。 「私、夜の10時には  ここであなたの名前を呼びます。  どんなに危ないときにも  10時の私の声を聞くために  必ず生きていて下さい」 君の言葉を胸に南方へ・・・。 無残しかない戦地で、 夜空だけは美しく・・・ 君のいる故郷に繋がる空に 貴子・・・君の名を呼べば、 君のか細い身体が 僕の隅々にまで甦り、 その君の向こうには 降り注ぐあの紅葉・・・ 君と歩いた大山参道。 繰返し読み返すは君からの手紙。 南方へ来る前に 君から届いた手紙には 娘が産まれたという知らせ。 男子なら貴彦と、 女子なら僕の邦彦から 一字をとって”邦子“と 僕たちは決めていた。 邦子・・・逢いたい! 生きてこの手で抱きしめたい! 僕と愛しいひとの “命の子”であるのだから・・・。 けれども・・・ 手紙を胸に抱いたまま・・・ 僕は身体は散り散りに・・・。
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