汚泥のそこで見上げる光

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 太陽の光が、ミヒロの顔を照らす。  その衝撃に驚いて、ミヒロは悲鳴を上げてベッドから転がり落ちた。 「ミヒロ様!?」  すっ飛んできたのは、パルセスが雇った『執事』のロージェスというアンドロイドだった。ミヒロは目をシパシパとしながら起き上がり、ロージェスを振り返る。  赤毛にそばかす、グリーンの目。豊満な乳房に、程よく鍛えあがった肉体と、絵に描いたような健康的な女性像を模したロージェスを見上げて、ミヒロは笑う。 「ごめん。いつも、電気がつくかどうかで起きてたから。太陽で起きるなんて、初めてだ」  まぶしそうに眼を細める彼に、ロージェスはほっとした様子でため息をついた。 「ようございました……。セキュリティに異常はないのに、何かあったのかと」 「ううん。いや、よく眠れたよ」  起き上がったミヒロは、いつになく着心地の良い服で、くるりとそこで回って見せる。安心した様子を見せたロージェスは頷くと、 「さあ、着替えましょう」    と、ミヒロに言うのだった。  そのころ、キッチンではパルセスが朝食を作っていた。上質な製造会社で作られた赤身の肉に、最適な雨量を維持した栄養豊富な小麦から作られたパン、玉ねぎ、トマトケチャップ。  じゅーっと音を立てるフライパンには、完璧なバター。  栄養素も見た目も申し分ないハンバーガーが、そこに作られていく。  見事な精度で飾り付けられたそれは、いっそ写真のように美しい。 「おはようございます、ミヒロ様」  リビングに現れたミヒロを振り返り、パルセスは微笑んだ。  パルセスが暮らす第一等居住区域には、人間も確かに暮らしている。しかし、大半は人間のための職を有するアンドロイドが生活しており、彼らは人間が人間らしい近所付き合いができるように、人間と同様の暮らしをしていた。  そんな環境など知る由もなかったミヒロは、驚き、あきれ、茫然とし、あれこれ考えるうちに知恵熱を出して3日寝込んだ。 「今日はハンバーガーを作りましたよ。おっしゃっていたでしょう? ちょっと粗悪なくらいが美味しいと。それに近づけてみました」 「そうなの? めちゃくちゃ美味しそうだけど……」  ロージェスはてきぱきと朝食の用意を整えて、ミヒロを椅子へと腰掛けさせる。  真っ白なテーブルクロス、真っ白な外壁。  透明度の高いガラス窓は大きく、室内には光があふれている。  その中に、いっそ。不釣り合いなほど、ジャンキーな様相のハンバーガーが置かれている。 「……いただきます」  手を合わせて、ミヒロは口をつけた。  じょく、と、音を立ててレタスが噛み千切られる。肉のうまみがガツンと口の中に広がり、ちかちかと目の前で星が飛んだ。今までミヒロが食べたためしのない、そんな味がしてならない。  光が降り注ぐ。  体全体を押さえつけるような、重いおもい光が。 「いかがでしょうか、ミヒロ様」  パルセスが首を傾げ、にっこりとほほ笑んだ。その時、ミヒロの口の中で、もごもごと言葉がダマのようになってしまった。母が作ってくれた、小麦粉でとろみをつけたカレーのような、ぼろぼろとした食感が突然。  なつかしかった。 「おいしいよ、パルセス」  今頃、兄も、父も、母も、同じような食事を摂れているだろうか。  そんなことしか気にならず、心にも思っていない言葉を、ただミヒロはパルセスへ返したのだった。 おわり
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