汚泥のそこで見上げる光

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 パルセスに病院に連れてこられたミヒロは、『医師』を担当するアンドロイドの前に座らされ、数秒でこう告げられた。 「一番はパルセスと共に暮らすことですね」  極めて真面目な表情で告げるアンドロイドは、真っ白な肌に青い目、銀色の髪をしている。その顔を見上げて、ミヒロは唖然とした。 「現在は中程度の栄養失調に陥っています。栄養剤の投与は不要ですが、おひとりで暮らすよりは、パルセスと共に生活していただいた方がより良いでしょう。区分は『期限付き』でいらっしゃいますが、新たに商品としてアンドロイドを購入いただくより、すでに『人間の危機的状況における対応』を優先し、専属として配属を切り替えたパルセスの方がより適任です」 「えっと。それは、俺が受けても良いものなのか?」 「もちろんです。ミヒロ様は『期限付き』の中でも『幼少期における人類貢献度』の非常に高い方ですので、できればパルセスのみならず、他のアンドロイドも併用してより健康的な生活を送っていただきたいほどです」  なにやら文章を、ボードへさらさらと書いたアンドロイドが、パルセスにそれを手渡す。パルセスはそれを読むと、頷いた。 「ありがとうございます。これでしたら、わたくしの居住地へミヒロ様を移動させても問題ございません」 「いえ。それより……ミヒロ様が特別に保護を受けることなく、この3年と25日、および8時間9分11秒前を過ごされたことの方が、よほど気になります。この件については、私からも報告しておきましょう」 「言われてみれば……。申し訳ありません。『シェフ』担当として任命されただけ故、そこまで思い当たりませんでした。すぐ、私からも報告を入れます」 「そうですね、あなたからも報告が上がれば『委員会』も黙ってはいないでしょう」  ミヒロはパルセスと『医師』が交わす会話を、ぼーっとした思いで聞いていた。  ミヒロが生まれたのは、期限付きと呼ばれる人間が数多く集められた、小さな集落だった。自分たちは長く生きることはない、そして、一般的な人々のように機械の体になることもない。そう言い含められて育ったミヒロは、酷く痩せて育った。  食べるものを極端に制限され、常に空腹を抱えていたことだけが、強く頭の中に残っている。ミヒロの兄は反対に、太るようにと言い渡され、好きなだけ食べられた。でも兄はそれを嫌がり、ミヒロに隠れてお菓子を渡そうとするほどだったので、ミヒロもひねくれることなく育てたのだ。  兄も増長することなく、人を思いやれる人として育つことが出来た。  それはひとえに、両親は『教育熱心な人』という区分に入れて育ったからだろう。  ミヒロは痩せた人間という区分の、生きたデータ素材だ。  期限付きは種の多様性、期限付きは個別性の宝庫。  一定数の犠牲を作ることで、人間は種族としての繁栄を保ってきたのだ。 「ではミヒロ様。どうかお大事に」  恭しく頭を下げられて、ミヒロはおっかなびっくり、病室を出た。パルセスが案内するのに従い、今まで通ったこともないような場所を抜けていく。 「なあ、パルセス。俺は『期限付き』だけど、これでいいのか?」 「もちろんです」 「そうか……お前が言うなら、そうだよな」  お前という言葉に『アンドロイド』という意味を込め、ミヒロは頷くのだった。
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