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―海とトナカイとサンタと―
「コラっ! 清和っっ! アンタ逃げるつもりっ?」
潮騒の響く浜辺。
海開きまでは少し時間があるものの、夏真っ盛りには、海水浴客の休憩所になる海の家『青家』を片付けだして三時間。
冬場、どれ程きっちりと戸締りをしていても、大量の砂や埃は入って来ていて、終わりの見えない作業に、一ノ瀬清和はとうとう投げ出した。
普段は、在籍している芸大近くの学生アパートで一人暮らしをしている清和に、スマホが実家からのコールを知らせたのは昨日の夕方の事。「本日中に帰省し、明日は朝から青家を片付けなさい」と母から厳命を渡された。
せっかくの日曜日。課題制作が煮詰まり気味だった清和は、バイトのシフトをわざわざ空け、一日かけて取り組もうとした矢先の事だっただけに、タイミングの悪さを零しても零し足りず、片付けに身が入らない。
低くもない身長をだらしなく屈め、普段は人当たりの良さを表しているスッキリとした目元を盛大に歪めながら、掃除を取り仕切る主に訴える。
「あ~……東姉、悪ぃ。もう俺にはムリ。清真、海美、後は頼んだ」
民宿を営む一ノ瀬家と、漁師で生計を立てる沙々井家の仲良し隣家が、副業と実益を兼ねて、手を取り合って運営している青家も、今年で二十五周年。近年では専ら、両家の子供だけで切り盛りしていた。
「あ! 兄貴、逃げるなよ」
「清真、清和には後で、淩次義兄ちゃんに一発入れてもらおう」
「だな。海美姉、取っときの一発にしてもらおうぜ」
持っていた雑巾や箒などを押し付けた弟の清真と、沙々井家次女の海美に、脅しの言葉を投げられる。
沙々井家の長女東琉の婿養子に入った淩次は、婿に来て早々、隣家の清和や清真とも昔馴染みの様な間柄となった。明るく豪快で、豪傑な人柄をしている為、何か間違った事や、道理に合わないことをすると、年下の三人は容赦なく怒られ殴られる。そして、その一発がまた、マジで痛いのだ。
それでも、温暖化の影響か、気温の上では真夏を迎えている今日という日に、終わらない掃除なんてやっていられるかと、清和は早々に青家を飛び出した。
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