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向けられた背中は、細身の体には意外なほど広い。跳ねる鼓動と、直に触りたい衝動を、何とか遣り過ごし、石鹸を泡立てたタオルを参大の背中に滑らせた。
「ん。丁度良い強さ」
フフと、気持ち良さそうに笑う参大の言葉に、一瞬にしてカッと頬が熱くなった。
(大丈夫。見られてない)
今、参大が振り返って自分の顔を見たらと思うと、手の動きがぎこちなく固くなる。そんな自分に、見られていないから大丈夫だと言い聞かせながら、清和は平静を装う事に心を砕いた。
「清和」
そんな清和に、不意に参大が呼びかける。
〝君〟と付けずに呼ばれた名前に、鼓動が跳ねた。
「清和」
もう一度。
どこか艶を含んだ声。
「なに」
参大の背中から視線を上げると、そこには微笑んだ彼の顔。そして、自分の真っ赤に染まった顔が見えた。
「つっ!」
真正面にある浴室鏡に、自分達二人の姿が、ハッキリと映っている。
大鏡が目の前にある事を失念していた自分に、どれほどテンパっているのか自覚した。
自分の顔をずっと見られていた事を悟った清和は、更に顔を真っ赤にして、湯船の中でうろたえたまま逃げを打ったが、参大は勢い良く振り向くと、タオルを持ったままの清和の腕を掴み、ニィッコリと嗤った。
「可愛い」
完全な企み顔に、ヒクリと固まる清和の唇を掠め取ると、参大は自分に纏わり着いていた泡を清和に擦り付け始めた。
「ちょっ、何してんだよっ」
「あーあぁ、泡だらけだね。ほらほら、お湯から上がって。流さなきゃ」
自分で仕出かしておきながら、白々しく溜息を吐いた男は、愉快そうに清和を湯から上げにかかる。
「バッカ。俺は良いんだよっ」
「その言葉、意味分かんないし」
清和の混乱した抵抗に、サラリと返しながら強い力で腕を引っ張り、簡単に湯から出してしまう。
「はい。目瞑って」
言うが早いか、頭から洗面器に溜めていた大量の湯を掛けられ、清和は反射的に目を瞑ってしまった。
向き合う形で湯から上げられてしまった清和にとって、目を瞑る状況へと強引にされたのは、この時点では救いだった。しかしその救いは、あっと言う間に窮地に反転し清和を追い込んだ。
大量に顔にかかった湯を両手で拭っている清和の楔を、温かい温度が包み込む。
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