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 脱衣場の鏡は白く曇っていた。風呂場の扉は閉まっていたものの、見えない隙間があるのだろう。中からは湿気と共に、少年の声が(かす)かに聞こえてくる。だが、その声は脱衣場のドアを(また)げば一切聞こえない。  少年が通う小学校からの道の両脇には所々にイルミネーションライトが飾ってあった。外歩く人の息は白くも防寒に手袋をはめる人は見えない。街灯こそあれ、もともと歩く人すら(ほとん)どいないだけなのかもしれないが。歩いて30分程で少年の家が見えてくる。シンプルモダンな雰囲気に白系の外壁。2台分の駐車場があるが、カーポートはない。白のミニバンと赤の軽ワゴン。  玄関を開けると階段と2つのドアが見える。そのひとつのドアを開けるとフローリング張りのリビングダイニングキッチンに続く。ダイニングには6人用のダイニングテーブル。リビング部分の中心にはグレーのカーペットが敷かれており、その上には丸テーブル。床に座って使うには少し高く、椅子に座れば少し低い微妙な高さ。その上には果実酒のソーダ割りとお菓子。エアコンは暖房で設定温度は22度。冷たいアルコールも身体を温める。  ソファーには女が沈むように座っていた。色味の強い柄物(がらもの)の眼鏡が独特の個性を感じさせる。寝る時に枕に当たらないように、後頭部というより頭頂部に近いところでひとつ結びにしていた。正面にあるテレビを見ながら、時折身体を起こして飲み食いしてはまた深く座り直し、くつろぎの時を過ごしているようだった。 「あれ、お母さんだけ?  まだお風呂入ってんの?」  リビングのドアを開けて入ってきたのはその女の娘。黒髪と首回りが見えるベリーショートの髪型は芯の強い印象を与える。一方、灰色のゆったりとした大きさのスウェットは、首から上の雰囲気とはギャップを感じさせる。 「みたいね。仲良くていいんじゃない」  冷蔵庫から缶ビールを持ってくると、母親の横に座った。 「あー、疲れたー。明日は5時には家出ないと間に合わないから、お母さん、早く起き過ぎた時は声かけてね」 「それはいいけど、目覚ましはかけときなさいよ」 「うん、かけとく。あっ、お母さんのスマホ貸して。お母さんのも目覚ましかけとくから」  窓の外は暗く、目を()らせば薄手の白カーテンの奥にも室内が反射して見えた。薄茶色をした低めの箪笥(たんす)の上には2枚の写真が飾ってあり、ひとつは家族6人が写っているもの、もうひとつは中年と呼ぶにはまだ年若き男の遺影らしき顔写真であった。 「もうすぐお父さんの誕生日だね」  箪笥の上辺りに壁掛けの大きめのカレンダーがあり、ある1日には赤のマジックで丸が付けてあった。 「生きてたら46?45?」 「46よ。私の4歳上だから。再来年が13回忌ね」 「早いねぇ・・。私もお父さんが結婚した歳迄には身を固めたいけど。・・まぁ無理だろなぁ」  両膝を立ててソファーに座り、缶ビールを口に含む。 「あんたのそんな姿見てると私もあんたと同意見よ。  外にいるときはデキる女って感じするんだけどねぇ。家の中のあんた見てると息子3人だったかと思う時あるからね」 「でもいいじゃん。マサが私の代わりに色々と家のこと気ぃかけてやってくれるでしょ?」 「マサはやっと中学生になろうとしてるのに長女のあんたが末っ子に頼ってどうするのよ」  母親は娘の頭を音がほとんど聞こえない程度に軽く叩いてそう言った。 「マサはお母さんのフォローして、カズはマサのフォローして、お母さんは私のフォローする。そして、カズが就職する迄は経済的に私が家のフォローする。完璧じゃん」 「まぁ、そう言われればそうなんだけどね。あんたには助けてもらってるから。  ごめんなさいねっ、あたしが不甲斐ない母親なんでっ」  母親は冗談ぽくそう言った。
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