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 光が当たらないとわからない程度に染められた茶髪。艶やかでありながらさらりと下ろした髪型は、整髪剤で整えられた様子もなく、その少年のような顔立ちが相まって若さよりも幼さを感じさせる。後ろ首が隠れるかという程に伸びた髪の隙間からイヤホンが見えた。落ち着いた色の中に適度に明るさを交えたタイトな服装は清潔感もあった。  揺れる電車の壁に寄りかかるように立つ。人の多さは身動きが適度に取れる程。よく見ると記憶している人が数人目に入っていたが、相手も同じ認識かはわからない。  SNSを開くとDMの通知が来ていた。相手のアカウント名は「サム」。 (おはよ  今日ひま?) (おはよー  マサにしてはやけに早起き  学校終わったらバイトないから) 「よっくん、おはよ」 「あっ、おはよ。いなかったから休みなんかなって思ってた。別の車両にいたの?」  よっくんに声をかけてきたのは少しぽっちゃりとした愛嬌ある雰囲気の男。ジーパンにダウンジャケット。(ひげ)は剃ってきているようだが、濃いようで肌荒れの部分に(わず)かな剃り残しが見えた。 「それがさ、うちの犬がギリギリになってうんこしたからさ。たぶん(えさ)やるのが少し遅くなったからだと思うんだけどさ。放っとこうかなって思ったけどかわいそうじゃん?それでね。  それよりなんか嬉しそうにスマホ見てたけど何か良いことあったん?」  細い目で笑うその男に、鼻をすすり手の甲で鼻下をこすって言った。 「いや、はは。音楽にのってる自分を想像しながらスマホ見てるふりしてカモフラージュしてた」 「それ系のあるあるマジであるあるだよね。俺なんかさ、見たくもない謎のエロ動画誤タッチしちゃってさ。偶然にも音量下げてたから良かったけどさ」 「いや、松山、それ故意にタッチしてるでしょ」 「いやいやしてねぇしっ。歩く・・・・(エロ男爵)とかじゃねぇしっ」 「ちゃんとそこ小さな声で言うんだ。声でかいしって言おうとしたけど、肝心な所ちゃんと音量下げるのが松山テクニックだね」 「そういうテクニックは持ってるんだけどなぁー、それ以外のテクニックはないんだよなぁー、よっくん分けてくれぇい」 「いや、だからうるさいって」  2人はそんなやり取りを朝から繰り返す。多少の隠し事こそあれど、気の許せる間柄だった。話が落ち着くと、よっくんは再度スマホを確認する。 (会えるなら  いつもの駅で  またメールして) (オッケー  学校終わったらメール入れとく) 「あれー、もしかして彼女できた?」  DMの返信を終えると松山は冗談ぽく言ってきた。よっくんはまた鼻をすすり鼻を触る。 「え、何で?」 「そんな顔してたからさ。  そりゃあ俺なんかと違ってよっくんに彼女がいたって不思議でもないし、いない方が不思議なくらいだし。あーあ、(うらや)ましい・・。よっくんに彼女がいたなんて・・。嘘つかれてたなんて・・」 「いや、本当に彼女じゃないから。ただの友達。それも男友達だし」  笑顔で返すよっくんだが、松山の早口は止まらない。 「俺達の関係は大学からだから適当にしとけばいいやってことだろ?そりゃあ仕方ないよな。でも俺はよっくんのこと友達と思ってるから」 「ほんとに彼女とかじゃないから。高校の部活繋がりの後輩。そいつが彼女と上手くいってないって話をしてて、それを笑ってただけだから」 「ほら、よっくん嘘ついてた。音楽にのってたなんて嘘だったんだね。はい、嘘つきは泥棒の始まり始まりー」  徐々に笑顔が消えていくよっくん。 「いや、それも本当だし。あーもうめんどくさいなぁ」 「はい、そうやってまた話を()らす。結局よっくんは俺のことただのキモデブくらいにしか思ってないからね。あー、顔のいい人は羨ましい羨ましい。顔がよくても性格ブスだからモテないのかな」  よっくんの表情はもうそこにはなかった。それを察したのか松山は、今度は機嫌を取るような口調とボディータッチで謝ってきた。 「うそうそ、よっくんごめんっ。冗談だよ」 「いや、許さない。もう絶交。絶対交際続けようね宣言の略」 「交際って俺達が付き合ってるみたいになってるじゃん。キモッ」 「いや、キモいのは松山だけだから」 「ガビーンっ」  この日も松山は(にぎ)やかだった。
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