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「・・付き合ってくださいっ」  中学校からの帰り。寄り道したところにある公園にマサはいた。屋根つきのベンチには同級生が4人。男は長袖の白シャツと学ラン、女達は紺のセーラー服。そこから死角となる滑り台の奥にマサとその女は立っていた。太陽は公園を囲う木々に光を当てる。マサと女は樹木の隙間からの光を点々に浴びていた。緊張に震えるその女の手。それを見て嘲笑(ちょうしょう)している自分が表には出ずも、少なからず見えた。 「・・あっ、僕でよければ、よろしくお願いします・・」  マサは女が差し出す右手を自分の腰元に持っていくと、そのままに抱き締めた。そして、そのまま首もとに唇を付ける。夏に移り変わろうとする季節ということもあり、互いに(わず)かながらに汗をかいていた。嗅覚(きゅうかく)は髪の柔らかな(にお)い。しかし舌先には想像する塩味(えんみ)はない。女の抱き締める手は強くなった。肩辺りに顔を押し付け、白シャツをフィルターに深く鼻から息を吸う音が聞こえる。 「・・緊張するね」  マサの言葉にこもった音で返事をする。 「・・うん」  マサが腕をほどこうとすると、女も手を緩める。 「へへっ」  無邪気な笑顔を見せると女は一瞬マサの顔を見てまた下を向く。 「戻ろうか?」  マサは女の手を握り、同級生のいるところに向かう。女はマサの手を握り直しながら強く手のひらを合わせた。  同級生はからかうように二人の姿を見ては笑う。 「お似合いじゃんっ。なんか純粋って感じっ」 「チューした?チュー?」 「うるさいっ。何もしてないよっ」  翌日から中間テスト。告白の時を終えると男女別れて家路につく。興奮する同級生。その延長には思春期の男が一般に求める(よろこ)びがあるのは想像に易い。しかしマサはそれを恥ずかしがって隠す男子中学生を演じていた。  自転車が着いた先の雰囲気はいわゆる昭和の一軒家。一応の2階建てではあるが、純和風の高級感ある感じでは決してない。一見すれば自然災害で倒壊しそうだが、近くで見ると意外と綺麗だった。その家に住む同級生が引き戸を開けて中に入る。 「おじゃましまーす」  閉める引き戸は想定外に軽かった。他人の家独特のにおいを鼻は感知したが、嫌な印象はなく違和感はなかった。玄関には靴が整然とは言えずとも、それなりには揃えて置いてあった。段を上がり、目の前にはガラス張りの引き戸があった。そこを開けると板張りの空間があり、その奥にはまた引き戸、右手には階段、階段の横にはドアがあった。奥には家族の空間がありそうで、ドアの奥にはトイレがあるとのことだった。深い焦げ茶色の板で張られた階段を上ると正面には壁がある。後ろを振り返れば一階とは少し雰囲気の異なる障子(しょうじ)貼りの戸がある部屋が2部屋あるように見えた。廊下の色も明るい茶色。リフォームでもされた後のようにも見え、古い旅館のようにも感じられた。 「奥は物置きだから。手前が俺の部屋」  説明する同級生の言葉に(うなづ)くもう1人。 「ユータはタカユキの家には結構来てるの?」 「うん。俺達幼稚園から一緒だからね」  ユータは低めの声で言った。3人の中だけでなく学年でも身長は小さい方なのだが、声変わりが早いのか声は低めだった。身長以外が大人びているのかと言われればそうではなく、むしろ最も幼くかわいらしい容姿であった。そのギャップを本人も気にしているのか、声のことを言われると冗談口でだが反抗的な返しをしてくる。  マサはユータを見ていると無意識にヨシと重ね合わせているのを認識していた。並べば似ても似つかないが、妄想の条件は一致しているようであった。  中は(たたみ)部屋だが、ベッドが左奥に置いてあった。その手前にはライトナチュラルカラーの箪笥(たんす)があり、左の戸からは中に入りにくくなっていた。右奥には移動式のハンガーラック。右側は押し入れの(ふすま)が見える。二畳ほどの薄手のカーペットの上には箪笥と同系色のちゃぶ台。中に入り右後ろを振り返ればテレビがあった。上を見れば和風で四角枠の丸型蛍光灯がぶら下がっている。正面には大きめの窓があり、カーテンは二重になっていた。ベージュのものと薄手の白カーテン。昼間であれば電気を点けなくても過ごせそうな光は入ってきそうだったが、タカユキはカーテンを閉じたままに蛍光灯の紐を引っ張った。 「2人はシャワー浴びる?」  マサはタカユキの突拍子もない質問に、その意図する感情のシミュレーションをできる限り繰り返した。その中心は(みだ)らな思考を排除したものだったが、マサには納得いく答えが見つけられなかった。
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