兄/量一/S.S…8

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兄/量一/S.S…8

カツン、カツン、カッ、…、……… メットが床に転がり、声の主に顔を向けると紫苑だった。口に手を当てて驚いた表情をこちらに向けている。 うわっ、眩しい。 四方八方から直視できない光量で照らされて、いまいち状況を把握できない。塞がれていた耳も急に解放されたのが手伝ってか、辺りの喧騒やざわめきがライブハウスにいる時のように大音量で俺に迫った。 「紫苑! 大丈夫か? ひどいことされてないか?」 それだけ言うのがやっとだ。 「お……お兄ちゃん?」 戸惑う紫苑をよそに俺は妹の手を取り、袖を捲り上げる。手首にアザは、……無いな。よし。 首は? 頬は? 大丈夫か? ぷるんっ、ときめの細かい肌はうっすらと赤みを帯びたピンク色で、例えるなら、厳重な管理のもと手間隙を惜しまず温室で育てられた、一箱数万円で取引される庶民には手の届かない最高品質の桃だ。 丁寧に観察して、異常がないことを確かめる……よし。 「お兄ちゃん、私は大丈夫だから」 どうしたの? 問題ないよ。紫苑の目と表情が無事を告げているのを確認すると、少し心に余裕ができた。 と、同時に視界が広がった。 あれ? この状況、少しおかしいな? 周りの人達が遠巻きに俺たちを囲んでる。 あ、この眩しい光は照明か! と、すると……ここは、撮影現場!? 自分と紫苑は場違いな所に立っている。注目を浴びている。あの大男が来るかもしれない。撮影の邪魔をしては失礼だ。 瞬時にさまざまな思考が巡り、この場を一刻も早く離れるのが得策に思えた。 「そうか。それなら、さっさと行くぞ」 メットを拾い紫苑を促すと、 「行かない」 一拍おいて、俺の呼びかけに答えた紫苑は目を見開いていた。 「どうした? ああ、蒼汰くんがいないな。まだ出てきてないのか」 そうか、紫苑は福士くんの大ファだったな…… 「あのね、私、やることがあるの」 「やること?」 やることってなんだ? ああ、サインを貰いたいと言ってるんだな…… そこに腰に道具袋を下げた作業員らしき男が俺たちの間に割って入ってきた。当たり前のようにバケットに入ったチーズドックを5つ、テーブルに置いていく。 「お兄ちゃん。私ね、これを食べたい……、あ、食べなきゃいけないの」 先程からのめまぐるしい状況の変化と、周りから注目を浴びている現状。 混乱が冷めやまない俺は、頭の中で紫苑の言葉をオウム返しした。 タベナキャイケナイノ……???
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