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妹/紫苑/あかつき草子…10
「あ、食べ物が好きなんです」
蒼汰くんは、私より頭一つ分は高い。私は少し、見上げるように話をする。
「食べ物が? 食べることじゃなくて?」
「はい。目の前の食べ物が、今、食べ時だから、おいしいうちに食べてって言ってるなって思うんです」
「きみ、おもしろいこと言うね。ああ、だからか」
蒼汰くんは、うんうんとうなずいている。何やら一人で納得している様子だ。
何かな。
私は気になって聞いてしまう。
「あの、どういうことですか?」
「ああ、さっき、きみね、もう愛しそうに食べてたよ。そういうこと、言われたことない?」
私は、少し驚きながら、思いを巡らせてみる。
そういえば、みんなは私の食べっぷりがいいと言う。
「紫苑の食べ方は、気持ちが良いよ」
残さず食べるからかな、と思っていた。
どうも、そういうことだけではないみたい。
「はい、みんなから、食べて食べてって、言われます。パクパク食べるからだと思ってました」
蒼汰くんは、ふふっと笑う。
「大食いの人はいくらでもいる。それを売り物にしてるタレントさんもいるよ。でも、君は食べ物を大事にしてる感じだね」
そんなことを蒼汰くんに言ってもらうなんて、私は感激した。
「ありがとうございます。ドラマ見てます。がんばってください」
「きみもね。どこの事務所に所属してるの? うちじゃないよね?」
事務所?
何のことだろう。
「あの、えっと、5本も食べたからですか? どこの事務所にも入ってないです。チーズドックのお金、払います」
でも、私はお財布を持っていないし、どうしよう。
お兄ちゃんはどこにいるのかな。
「チーズドックのお金って、そういうことじゃないよ。事務所に入ってないって、もしかして、タレントさんとか、女優さんじゃないの?」
私は、ブルブルと首を振る。
「わ、私はただの高校生です」
「そうかあ、ふうん。じゃあ、また」
また? ああ、ただの社交辞令ね。
「はい! ありがとうございます」
蒼汰くんも、奈菜さんのように、衝立の向こうに去った。
ああ……蒼汰くんとお話しちゃったあ。
それも、蒼汰くんの話じゃなくて、私のことだなんて。
「紫苑、買い物が遅くなるから、もう行くぞ」
お兄ちゃんだった。
私の手を取る。でも引っ張るようで、半ば強引だ。
どこか有無を言わさない感じに思う。
「ちょっ、お兄ちゃん? みんなに挨拶しないと……」
私の言うことも聞かない。
フルフェイスを脇に抱えながら「ありがとうございましたー」と、言って頭を下げているけど、何だか気持ちがこもっていない感じだ。
人垣をぬうように、その場を離れる。
「お兄ちゃん、そんなに時間かかっちゃったかなー?」
「ここにきてから1時間半はたってるぞ」
「えー! そんなに長居してたんだ」
私は、時間のたつのが早いのにびっくりした。
「でも、チーズドック美味しかったー。菜奈さんや福士くんとも話せたしー」
エスカレーターに乗っても、お兄ちゃんに手をつかまれたままだった。
そして、やっとお兄ちゃんは表情を緩ませる。2段下から、ふうっと大きなため息が聞こえた。
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