妹/紫苑/あかつき草子…11

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妹/紫苑/あかつき草子…11

エスカレーターを下りて、スーパーマーケットに向かう。 「ねえ、お兄ちゃん、何食べたい?」 「そうだなあ。何がいいかなあ。でも、紫苑の食べたい物でいいんだぞ。俺は好き嫌い無いしな」 そう、お兄ちゃんは好き嫌いが無い。 今は何でも食べる私だけど、幼稚園ぐらいの時は好き嫌いが多かった。ううん、「好き嫌い」じゃないな。「嫌い嫌い」かもしれない。 野菜は、匂いが強いからとか、酸っぱいって言ったり、ぬめっとしてるとか、苦いとか、理由はちゃんとあった。 お肉も、ガムみたいに噛んで噛んで、味が無くなるまで噛んでた。味が無いから、なおさら飲み込めなかった。 「ハンバーグだったら、食べる?」 ママがお料理を工夫してくれているのはわかってた。 でも、ハンバーグの中に、細かく刻んだにんじんやピーマンが見え隠れしているのがわかると、食べられなかった。 「小さい頃はぷくぷくしてて、大福みたいなほっぺだったのに」 ママがため息をつくくらい私は細っこくて、青白いほほで目ばかり大きかった。 そんな私に魔法をかけてくれたのは、お兄ちゃんだ。 ご飯だけは食べていた私の前に立つと、お兄ちゃんはにんまり笑った。 「見てろ。そのご飯を100倍うまくしてやる」 お兄ちゃんは冷蔵庫から卵を取り出すと、小鉢にこんこんと打ち付ける。そっと殻を開いたけど、かけらが入ったみたいだった。また失敗した、とか言うのをはらはらしながら見ていた。しょう油を慎重にたらりと注ぐと、はしで勢いよくかき混ぜる。そしてそれをわたしのご飯の上にとろりとかける。 「ほい、一丁上がり」 上目遣いの私に、お兄ちゃんは腕組みして、小鼻を膨らませた顔のあごをくいっとしゃくる。 私はおそるおそる、そのふんわりと黄色く染みたご飯を口に入れる。ねっとりとしたこくが、口中に広がる。 お兄ちゃんは、がばっと顔を近づける。 「どうだ?」と息を詰めて見ている。 「お……い…しい」 見る間に、お兄ちゃんは笑顔になり、よっしゃー!とガッツポーズをしていた。 そう。 あの時からだよ。 食べ物に心を開いたのは。 あの卵には、絶対魔法がかかっていたと思うのよね。
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