妹/紫苑/あかつき草子…12

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妹/紫苑/あかつき草子…12

 スーパーの入り口にあるカートを押してきて、かごを載せる。 「ねえ、かご1つで足りるかな?」  上目遣いで見上げると、お兄ちゃんはぎょっとしたのか、目を瞠る。  でもすぐににかっと笑って、カートの下の段にかごを追加する。 「いいよ。俺はケチなことは言わない」  そうこなくっちゃ。私もふふんと笑う。 「ありがと。だって、パパもママも食べるでしょ? みんなでわいわい言いながら盛り上がるよ。何たって、お兄ちゃんが初めてのお給料でごちそうしてくれるんだもの」 「ああ、そうだな」  お兄ちゃんは目を細めて、えへへと笑った。  お兄ちゃんもそうだけど、パパもママも食事をとても大切にしている。  他のことはあんまり言わないパパだけど、食事のマナーについては、細かく言う。  箸の上げ下ろしはもちろん、舌を鳴らしたり、犬食いはダメだって言う。 「マナーを守ることは、他の人と気持ちよく食事するためだけじゃないんだよ」  食事の時の姿勢や動作は、そのまま私っていう人間もそうなんだって、判断されるんだって教えてくれた。 「いくら美人で、お勉強ができたって、食べ方が卑しかったら、誰にも好きになってもらえないよ」  ただ注意されるだけだったら、いちいちうるさいなって、きっと思ってた。  でも、ちゃんと理由を聞いたら納得できる。  それから、中学校に入学した頃だけど、朝、食欲がわかなかった。  思えば、新しい環境で緊張していたんだ。 「あ……食べたくないから、朝ご飯いらない」  私は、ダイニングに入らずに、そのまま玄関に向かおうとした。  するとママは私の腕をつかんで、「めっ」と怒った顔を見せた。いつもはにこにこ笑ってるママだから、ハッとした。  私を引っ張ってって椅子に座らせる。 「あのね、夜ご飯は極端な話、抜いたってかまわない。でも、朝ご飯はダメよ。これから始まる一日のエネルギーなの。ほんの少しでも食べていって、頭を回転させなくちゃ」  ママは口を動かしながらも、てきぱきとランチョンマットの上に並べる。  それは、小皿にほんの少しずつ盛ってあった。サラダを一口。卵焼きを一切れ。茶碗にほんの一口のご飯。  私はそれを見て、小さい頃を思い出した。 「どれでも、食べられるだけ食べたらいいのよ」 ママはあの頃と同じことを言っている。 そう。一皿食べるごとに、「紫苑ちゃん、えらいなあ」と言ってくれた。そして全部食べると、抱きしめてくれた。  そのことを思い出して食べ始めると、ちゃんと食べられた。自分でも、気持ちがしゃんとして、頭がすっきりしたのがわかった。  そして、全部食べると、ママはやっぱり抱きしめてくれた。そして、ポンポンと背中を優しくたたいてくれた。    食事を大切にしている二人は、食事の時間も大切にした。  夕食の時間は、その日にあったことを報告しながら、にぎやかに食べる。  ママはどんどん料理を作って、「はいどうぞ!」と魔法のように出してくる。  それに3人が飛びつく。 「うーん、こっちの方が大きいかな」  どれにしようか迷っていると、お兄ちゃんがひょいっとつまんでいく。 「あ! ずるーい」 「早いもん勝ちだよ!」  そんなことをしているうちに、パパがぱくぱく食べている。 「あ! パパいくつ目?」 「ん? 一つ目だよ」 「うそばっかり! ああん、こんなに無くなってる!」  するとパパは、後ろからこんもり盛った取り皿を出してくる。 「もお、パパったら。ありがとう」  にっこり笑って食べていると、3人は大笑いしている。それがいつものパターンだ。
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