お姫様が言えなかった言葉【ファンタジー世界のギルド版】

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 ここは魔法が存在するどこかの世界。  ある国に、お姫さまがいました。とても礼儀正しく、魔術師(まじゅつし)としての能力も高く、優しさも兼ね備えていました。  魔術研究で養われた教養もあり、国民だけでなく、隣接する国々でも有名です。  そんなお姫さまですから、十代後半になった頃、多くの男性が結婚を申し込みました。  貴族や他の国からは、王子までがお城に訪ねてきたのです。  しかし、答えはいつも、「ありがたいのですが、お断りします」でした。  お姫さまと直接話す機会がない、一般民衆の人々はラブレターを書きました。  お姫さまは、お父さんである、王様が最近雇った、女性家庭教師の魔術師に、いつも同じ答えをします。 「会ったこともない男性と結婚するつもりはありませんわ。返事の手紙は不要です」 「しかし、姫さま……」 「書きません」  お姫さまのお父さんの王さまや、お母さんの王妃さまは、魔術の研究より、早く結婚相手を見つけて欲しかったのです。  ある日の夜、お姫様は、自分の部屋でランプの明かりに照らされながら、家庭教師の先生から、魔術を習っていました。  家庭教師の先生と机を挟んで、座りながら、お姫さまは質問をします。 「先生、どうして、治癒魔法は聖職者以外は、研究してはならないのですか?」 「少し、お化粧直しをして参ります」 「先生、行ってらっしゃいませ」  ガチャリ。  突然、窓のカギが開く音が部屋に響きます。 「誰ですか?」  満月を背後にして、全身を黒い服に身を包んだ人が、窓枠に立ち塞がるように立っています。  夜風でひらひら揺れるカーテンを、手でどかしながら、部屋の床に降り立ちました。片手には、ガラスの小瓶があり、ランプの炎を不気味に反射しています。 「私は魔女だ。そなたが姫か? 結婚するまで、言葉を話せない、呪いをかけてやる」  お姫さは、魔女と対峙して、攻撃呪文を発動し始めました。 「姫よ、さらば!」  間一髪でお姫様の攻撃を避けながら、魔女は、空を飛んで逃げ去りました。  追いかけようと、穴が空いた壁から体を覗かせました。家庭教師の先生が、廊下側の扉から入って来ます。 「姫さま、一体何があったのですか?」  お姫さまは便箋に事情を書きます。家庭教師は、廊下で立っている護衛の兵士に、助けを呼ぼうとしました。  お姫様は、叫ぼうにも、声が出ないのです。  喋れないお姫さまに代わり、家庭教師の先生が、駆けつけた兵士たちに言葉で事件を伝えました。  呪文の詠唱ができなくなり、魔法が使えなくなったのです。  娘が言葉を失ったことを知らされた王さまは、すぐに、お城に仕える魔法使いや、お医者さんにお姫さまの治療を命じます。  しかし、言葉が戻ることはありませんでした。王さまは、国の内外にお触れを出します。 〈娘が言葉を話せるようにした者には、望む褒美を何でもやろう〉  国の各地に立て札が立てられました。  医師、魔術師、薬剤師が、お城にやってきました。どんなお薬を飲んでも、どんな魔法を使っても、声は戻りません。  お姫さまの声を取り戻すべく、多くの人がお城にやって来ました。  治癒魔法が得意なのは、国教と定められている教会でした。聖職者は、余裕然として、お城にやって来ました。  しかし、お姫さまの声は、戻ることはありませんでした。  魔術師であろう魔女の呪いが解けないなど、教会の沽券に関るのです。必死に教会は、犯人を探しました。  しかし、犯人は捕まりませんでした。    不思議がったのは、お姫様でした。呪いを解けない教会に対してです。    お姫さまは、城内に研究所を作ります。若手で優秀な医師、薬剤師、魔術師、聖職者が集められました。  それぞれが、ギルド呼ばれる専門職の組合に所属しています。例えば、魔術師なら魔術師ギルドです。最初は不仲でしたが、一緒に研究するようになりました。    それから数年が経ちました。  ある日の朝、旅の魔術師と名乗る者が、お城の門番に白い息を吐きながら、告げます。  フードを目深に被り、顔を隠していました。 「私が魔法でお姫さまの呪いを解きましょう」  王さま、王妃さま、お姫さまは、お城の大広間で、旅の魔法使いと、会いました。お姫さまは、魔術師にスカートの裾を掴みながら、一礼しました。  そして、お姫さまは、ポケットから出した便せんに、ペンですらすら文字を書いて、魔術師に渡しました。 〈おはようございます。初めまして、呪いを解いてくださいませ。かしこ〉 「姫さま、かしこまりました」  魔術師が片腕に小瓶を握り締めながら、不思議な呪文を唱えます。 「あら、声が出た! また話せるようになったわ」  お姫さまは、両親と両手を握り合い、笑顔です。  対照的に冷静な王さまが、魔術師に問いかけます。 「褒美を取らせよう。そなたが好きな物は何か」 「私は困っている姫さまを助けたかっただけです。褒美はいりません。それでは、さらば」  魔術師は、床に擦りそうなコートで踵を返し、お城を出て行きました。お姫さまが叫びます。 「さっきは、お父さまとお母様が、危ないから言わなかったけど、あの人があの時、わたくしに呪いをかけた犯人! 声が同じですもの。お父様、兵士を集めて逮捕してくださいませ」  王さま、王妃さま、そして、遅れてやってきた家庭教師の先生は、代わる代わる、お姫さまを叱ります。明確な証拠もなく、人を疑るのは良くないそうです。  お姫さまは、自分の部屋に戻ります。椅子に座り、瞳を輝かしながら、机に頬杖を突いています。  トントントン。  ドアをノックする音がしました。お姫さまは数年来のクセで、返事を文字で机で、便箋に書こうとして、ペンを持つ手が止まります。 「どうぞ」  声で応じれば、家庭教師の先生が、神妙な面持ちで入ってきました。 「先生、どうしてわたくしの言うことを信じてくださらないのですか?」  家庭教師の先生はドアを後ろ手で閉めてから、声を潜めます。 「――お姫さま、これから言うことは、私が言ったと誰にも言わないって約束してくれますか」 「はい? 先生」 「じつは、姫さまが、魔術研究以外が苦手だったので、王さまと王妃さまのご命令で、私が魔女のふりをして、声が出なくなる呪いを、魔法薬でかけたのです。声が出ない数年で、お姫さまは、字はきれいになり、作文もお手紙も読んだり、しかも外国語も読み書きしたり、聞いたりまで、できるようになりました」 「あら? 先生と、あの魔法使いは、声が違いますわ」 「あの魔法薬で声も変えれたのです。さっきの魔法使いは私で、呪いを解く魔法薬を使っただけです」  お姫様は、くつくつと喉を鳴らして笑っています。 「――父と母が、魔術研究ばかりする、わたくしのためにしてくれたのですね」 「さようでございます。ご結婚なさって、魔術ばかり研究していたら、政治的な意味で苦労をなさいます」 「先生、声を出せない魔法薬とその呪いを解く魔法薬は、どこで手に入れたのですか?」 「王家に先祖代々伝わる秘伝の製法で、私が作りました」 「お城の研究室に一緒に来てください」  お姫さまは、研究室に入るなり、窓の黒いカーテンを閉めます。外から見られないようにです。 「先生、研究の結果、とっくの昔に呪いは解けていました。話せないふりをしていたいだけです。秘伝の製法を教えて下さい」  家庭教師は青ざめながら、目を限界まで開きます。 「外部に漏れたら、姫さまもわたしも消されます」  教会は呪いをとけなかったのです。魔術師がそんなモノを作ったことや、また、呪いを解く薬の製法など、存在してはならないのです。 「先生も協力して欲しいのです。わたくしたちは、数年間、職域を越えて、治癒や呪いを解く、多くの研究をしました。それを庶民も手軽に使える薬まで作りました。病気やケガの人がいたら、教会は治癒魔法、医師は薬草で治療、薬剤師は薬を売る。魔術師は簡単な応急処置の治癒魔法しか使えないのです。しかも、効果が同じなら値段もほぼ同じ、魔法や薬の知識がなく、経済的に困っている人々も助けたいのです」 「仰る通りですが、それは禁忌(きんき)です。もし、教会に所属しないのに、格安や無料で、治癒魔法を使ったりしたら、殺されます」 「すでに、先生は魔術師でありながら、教会が解けない呪いの薬を使用している。そして、教会が治せなかった。さらに、魔術師が魔法薬で呪いを解いたわ」 「教会に私だと知られたら、魔術師の私は消されます! 脅すんですか?」  お姫さまは、両手を胸の前で振ります。 「違いますよ。先生に迷惑はかけませんわ。魔法薬の製法を教えてください」 「かつて、王家にお仕えした魔術師が偶然、発明した薬だそうです。ときの国王陛下も魔術師は、巻物に製法を残しましたが、禁忌なので公表しなかったそうです」 「先生の頭に製法入っているんじゃなくて」 「巻物を見ながら、作ったのです」  家庭教師は、巻物の隠し場所を伝えて研究所を立ち去りました。  お姫様は、隣国全ての王子に手紙を書きます。 「わたしと結婚すれば、この国の正当なる王になれます。それから、わたくしの声を奪った者を処刑して下さった方には、一生遊んで暮らせるお金を差し上げます」  ある隣国の王子が応じました。  軍隊を率いて、国境地帯の鬱蒼と生い茂る森林地帯まできました。通行は不可能と呼ばれている場所です。  しかし、軍隊は、獣道を通り抜け始めました。  事前に手紙でお姫さまとやり取りをして、国家機密の複数ある抜け道のひとつは、知っていたのです。  城下は奇襲攻撃を受けました。お城の門番は、急いで跳ね橋を上げます。  お城は陸の孤島となりましたが、食料、武器の備蓄も充分にあったのです。堅牢なお城を攻め落とすのは、隣国の王子の軍隊では無理なはずでした。 「神に祈りましょう」    城壁の内側では、お姫さまの号令一下、教会に集まり、貴族、役人、兵士、魔術師、医師、薬剤師が集まり、お祈りを捧げます。  国境の森林を抜ける道の地図などは、お姫様の命令で燃やされました。また、国の一番精密な地図も燃やされます。  中庭付近の納屋に王さまを先頭に家族三人は、足を踏み入れます。隠し扉を王さまが開けました。そこには王家に伝わる秘伝の巻物もあります。  お姫さまは巻物を広げて、目を丸くしていました。 「おお、それが魔法薬の製法書だ。これがあったから、そなたが勉学に励むようになったのう。ご先祖さまに感謝だ」  護衛の兵士に守れらた王さまは、お姫さまに笑っていました。お姫さまは、無言です。 「姫は心配性だのう。城は難攻不落、大丈夫だ。地図を燃やすのは関心できないな」 「お父さま、油断は禁物ですわ。過信によって滅んだ国もございます。地図は全てわたくしの頭に入ってます」 「まあ、聡明なそたなの言う通りにしよう。好きにするが良い」  お城の地下には、緊急脱出用の隠しトンネルが網の目のように、城下町まで張り巡らしてありました。  前もって、お姫さまが、隣国の王子に、トンネルの出入り口を一部だけ教えていたのです。  王子の軍隊は、夜更けに、城壁近くの古い井戸から、内部に侵入しました。お姫さまが、縄ばしごを、井戸にかけておいたのです。  難攻不落と高を括っていたお城内の軍勢は、想定外の攻撃にアリの巣を突いたような大騒ぎです。  王子の軍隊は、真っ先に、中庭の横にある納屋に、火を放ちます。  乾燥した木造の納屋は、炎を上げていました。緊急時に王さまと王妃さまが、隠れることになっている場所でした。  お姫さまは、城壁の上に立ち、完全武装の警備兵に囲まれていました。呆然としている兵士の人垣を掻き分けながら、瞳には燃え盛る赤い炎が映しながら、納屋を見下ろしていました。  お姫さまは、魔法の杖を片手で掲げながら、兵士たちに毅然と言い放ちました。 「国王陛下も王妃陛下もお亡くなりになりました。負けました。これ以上戦っても民を苦しめるだけです。負けを素直に受け入れましょう。降伏します。先生、白旗を用意してください」  傍らで、ローブ姿で、松明を手にした家庭教師に、お姫さまが告げます。 「白いテーブルクロスを、すぐにどこかから、持ってきてちょうだい。兵士から槍を借りてテーブルクロスを縛りつけるのです。白旗代わりにして、お城の一番高い塔に立てなさい。敵にも、騎士道はあります。白旗を上げる魔術師を撃ちません。戦いは何も生み出しません。降参します」 「かしこまりました」  家庭教師の先生は、紅蓮の炎に照らされる高い塔の先端で、白旗を上げ終わります。  お城の軍隊は、お姫さまの命令に従い、降参しました。  翌日の朝、まだ、焼けた建物の煙がくすぶる中。お姫さまが、お城の大広間で、整列した隣国や自国の兵士が見守る中、隣国の王子から差し出された降伏文書に、国を代表して調印します。  降伏の条件には、お姫さまが隣国の王子と結婚する条項と、信仰の自由を認め、国教を定めない条項もありました。なお、降伏文書を小一時間で作成したのは、お姫さまでした。  お姫さまは隣国の王子は結ばれました。隣国の王子が新たな国王となり、お姫さまは、王妃の位に納まりました。  新国王は、寝室で王妃に尋ねました。 「この国は詳細な地図もない、私の軍隊が戻る道も分からない。地名も分からない。村の名前や、人口の分布も分からない、納税の記録もないのか」 「重要な記録は、全ては私の頭に入ってますわ。わたくしが、“どなたかに”不用と判断され、殺されない保険ですわ。国王陛下」 「抜かりがないね」 「だって、あれだけ力を持っていた教会勢力を一掃した方ですもの」  二人は互いを見つめながら、高笑いしていました。無論お姫さま、改め、王妃さまは、城内にまだ残っている、秘密の脱出用トンネルについても、話しません。  新国王は、国内全ての教会に兵士を派遣して、聖職者を脅したのです。お姫さまの呪いを、教会の力で解けなかったのは、周知の事実でした。  王妃は、魔法の治療薬を裏社会のルートで格安で流通させました。  教会の長が強く取り締まるように聖職者に命令しました。しかし、弾圧を受けるのが怖い、聖職者たちは、取締りもしません。  ニセの治療薬も流通させましたが、新国王が、教会の長が関っていると、国民に噂を流しました。  教会の権威は失墜して、治癒魔法や呪いの解除は、魔術師ギルド、医師ギルド、薬剤師ギルドも行えるようになりました。  戦後の混乱で、ギルド長たちも、王妃の息のかかった人間に、交代させられていったのです。    王妃は、家庭教師から習った外国語を駆使して、海外の学術書を参考にします。農作物の収穫量を上げ、商業を発展させました。  選挙権などない国民にとっては、王さまなど誰でも構わなかったのです。ただ、国民の暮らしを、少しでも楽にしてくれる統治者が正義でした。また、治癒が安く行えるようになり、多くの人が救われました。  かつての研究所のメンバーにより、国営で、基本無料の無料診療所が設置されました。  基本無料ですが、極めて貧困な一部の方だけは無料としました。経済的に余裕のある国民は、財力に応じて治療代を設定しました。  全員を無料で治療するのは、診療所の運営費が必要で不可能でした。  無骨な王さまより、学識者の王妃に国民はひれ伏します。  王妃は、子供が生まれた後でも、口はかなり重かったそうです。国民や家来たちは、両親を失い、しかも、無理やり結婚させれた王妃さまの立場に同情しました。  子供は親から聞いたことを話すものです。家庭教師の先生に、教育を一任しました。  他国には安く魔法薬を売らないのが、国としての使命でした。他国を敵に回すからです。隣国に繋がる街道全てに関所が作られ、密輸の取り締まりが行われます。  医療関係の産業と、魔術が急激に発展しました。学問の自由があり、海外から高名な研究者が集まり、留学生も増えたそうです。相対的にギルドの力が弱まりました。  ギルドに入らない、専門職が増えれば、自由競争になります。物の値段は需要と供給で決定するようになり、経済は発展します。国は豊かになりました。  王妃が道を歩く姿を見れば、国民は皆、感謝したそうです。 (完)
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