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それからというもの普段は猫になったりヒトになったり、どちらの姿でもサワにベッタリでこの悪魔は離れなくなってしまったのだ。まぁ薬草集めは手伝ってくれるし家事も殆どこなしてくれるし、今のところ悪さなんてしなさそうだから別にいいんだけど…。何て流されそうになっている少年だが、相手は悪魔であるということを忘れてはいけないと常に自分を叱咤していた。
そう、相手は悪魔なのだ。
そして自分は、それを祓う祓魔師である。
その考えと自分の行動が矛盾していることなど重々承知しているが、様々な悪魔と対峙してきた少年は例え悪さをしない類いのモノでも適切な距離を保つことが必要だと経験から知っていた。人間でも悪魔でも油断は大敵なのである。
そう、だから絆されてはいけない。いけないのだ。
「俺のこと、きらい?」
「え、なに突然」
「迷惑…?」
「え、えーと」
「ごめんね。俺、優しくされたのが嬉しくて…」
「うっ…」
そう、相手は悪魔、悪魔…あく、ま…。
「サワくんがそんなに嫌がるなら、ここ出てくよ…行く当ては無いけど」
悪魔も人も困ってる奴は放っておけない。それが悲しきかな、サワの性分であった。
「あーもう!誰も出てけなんて言ってねぇだろ!ほらもう、そんな落ち込むなってば」
「俺、ここに居てもいいの?」
「駄目ならとっくに祓ってるよ」
ぽんぽんと頭を撫でると、彼はもっと撫でやすいようにと姿勢を低くした。人の姿のままでも猫っ毛は柔らかく気持ちが良いので、ついわしゃわしゃと撫で回してしまう。
「サワくん、もっと…」
ふと顔を上げたフジクラの赤い瞳とぱちりと目が合ったところで、コンコンと本日三回目の扉を叩く音が教会内に木霊した。
「チッ」
「え、今舌打ちした?」
「え?全然?」
言いながらあからさまに不機嫌そうな彼を差し置いてサワはゆっくり扉を開けた。すると、今度は見知った顔が元気良く教会に飛び込んできた。
「セーンパイッ!ちわっす!」
「あ、カシくんじゃん。どしたの」
「やぁ、ちょっと注意喚起?ってか、オレらの協会から言伝てが回ってきたんでー」
突然元気良く飛び込んできたのはサワの祓魔師としての後輩、カシくんである。何とも人当たりの良い笑顔を振り撒く彼は祓魔師としてはまだまだ見習いながら腕は良いらしく、協会内でも将来有望と噂されているらしい。
「祓魔師協会から?珍しいな、なんて?」
「んーとぉ、何か最近悪魔達が大人しくなったじゃないスか?」
「あー、確かにそうかも」
「それなんスけどぉ、何か悪魔界でも超強くてヤバい奴が人間界に来てるらしいって悪魔も人間もすっげー騒いでて!そんで人間界の悪魔は怖くて変に動けないーみたいな?」
「そうなの?魔王的な?」
「や、分かんないッスけどとにかくヤバいってのは皆言ってますねー。ってことでセンパイも気を付けてください!何処に潜んでるか分かんないんでっ!」
「ほーい。了解。で、どんな奴かは分かってんの?見た目とかさ」
「えぇっとー…ちょっと待ってくださいねー」
そう言うとカシくんはペラペラと手元の紙の束を捲り始めた。一番重要な内容じゃないのか?覚えとこうよ…。なんて野暮なことは言わない。彼は祓魔師としての腕は良いが、こういった事務的なことは苦手なのだ。
ことりと机にお茶を置くと、目的のページを見つけたらしいカシくんが紙を見ながら読み上げ始めた。ズズズッと自分で淹れた薬草茶を啜りながらサワは暫し彼の言葉を待つ。自分で淹れといてなんだがやはり美味い、なんて呑気なことを思いながら。
「えー、と。特徴はぁ…人間の姿をしてるみたいッスね」
「まぁ力の強い奴ほど人に擬態するのが上手いからな」
「その人型が何でもすんごい美形の男らしくて。えーと、茶色いふわふわの猫っ毛に高い身長、赤みを帯びた瞳…」
「ふーん。………え?」
「今のところ人の姿の時の情報しか無いッスけど、そんだけ魔力が強いんなら他の生き物にも変化出来るかもッスねぇ。あ!あと青い炎を操るのが得意だとか」
「………ほ、ほう」
「とにかく、人型の時はすんごい美形らしいんで!美形に注意ッス!」
「で、それって俺より格好良い?」
「わっ、お前いつの間に…!」
カシくんが現れてから姿を見せなかったフジクラが、突然人の姿のままサワ少年の背後に現れた。少年からは顔こそ見えないが、声はまるで威嚇するような鋭さである。肩に回された手に僅かに熱を感じ、少年にはそれが少し心地好くも思えた。
「え、え、えー?!ダレ?!誰なんスかセンパイ!!」
「あ、えーと、い、居候!俺の薬師としての、見習い…みたいな!」
「へぇー!超格好良い人ッスね?!やっべぇガチの美形じゃん!」
「はは…」
それで祓魔師としてやっていけるのか、カシくんや…。美形に注意しろってたった今言ってたのは誰だったんだ。
一通りフジクラの見た目を褒めちぎると、カシくんは本来の目的を覚えているのか不安になる程明るい笑顔で去っていってしまった。
まぁ、昔っからあんな性格なんだよなぁあの子ったら…。それより。
「で?さっきの話だけど」
「あ、キスしていいの?」
「アホかちげぇよ!すごい悪魔が人間界に来てるって話!」
「そんな話してたっけ」
きょとんととぼける悪魔の顔が何だか憎らしくて殴ってやりたくなった少年だが、何とか抑えて話を続けた。それにしても見れば見るほど、先程聞いた特徴と合致する。
「はぁ…お前はそんなすごい悪魔なのか?」
「えー?俺知らない。今はサワくんの使い魔だもん」
「使い魔とか要らねーし。そもそも俺使い魔っていう概念好きじゃないって言ってんじゃん」
「そういう優しいところも好き!」
「もう何言っても無駄か…変態悪魔め」
「サワくん」
「んだよ」
「あいしてるよ」
少年へと真っ直ぐに向けられた赤い瞳は妖しく弧を描いて、柔らかく包み込むように獲物を捕らえていた。
「はーいはい。それはどうも」
その意図を知ってか知らずか、今日も少年はこの悪魔の好きにさせてやるのだった。
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