プロローグ

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プロローグ

「サイファ様にはまだ結婚なんて早いと思います」  こう言いながらわたしの無駄に広い部屋を掃除してくれているのはフロリーナ。昔から身の回りの世話をしてくれている一番仲の良いメイドだ。  金色のキレイなストレートヘアを後頭部で馬のしっぽのように結んでいる。ぱっちりと大きく優しそうな瞳と小柄な身長に不釣り合いなほど大きな胸部がとても目を引く。メイド服も胸のあたりがかなり張っていてそのまま裂けてしまいそうである。 「別に早くはないでしょう。わたしだってもう十七歳なのよ?」  むしろ遅いくらいかもしれない。 「うーん、だって勇者さまと結婚したらこの家を出て行くでしょう?」 「それは……」 「そんなのいやです!」  ※  ――わたしには婚約者がいる。国教会が異世界から召喚したという勇者だ。  最近、魔物の中で力を付けてきている者がいるらしく、新たな魔物の支配者となったらしい。それを叩くために呼ばれたのであり、それが達成できればわたしと結婚という運びになる。  見た目は同年代の貴族の息子たちより幼げ。というより薄汚れていない、俗世に汚れていないと言った方が正しいかもしれない。わたしの政治的価値ではなく、わたし自身を見てくれている所が気に入った。  異世界から来たということでわたしの知らないような不可思議な話もたくさん聞かせてくれたし、陽気な人だったから根暗なわたしにはちょうどいいなとも思った。  しかも、前の世界では勉学を修めるための通学以外のことは何もせず、日々読書などをして過ごしてきたということで、もう相当に高貴な身分であることは間違いない。  身分なんてどうでもいいのだけれど、そのことを誇ろうともせず、むしろ申し訳なさそうに語るところにも心惹かれたのだった。  それにわたしの容姿をとてもほめてくれた。ちょっとオーバーだったけれど。 「美しいワインレッドの長髪と瞳。目じりの上がった大きな目元。通った鼻筋や透き通るような肌は神々しく、見る者は威圧されているようにすら感じるかもしれない。そして、すらりとした首元から鎖骨へ流れ、その下へ続く大きくやわらかそうな二つのふくらみは全てを包み込む慈愛すら感じさせる。一言に要約するならば美しく完璧な容貌。それがあなたですよ、サイファ・ド・ジルベルスタイン」  ちょっとどころか普通に言い過ぎだった。部屋の端で立って聞いているフロリーナに至っては目頭をハンカチで押さえながら大きく頷いていた。  なんだこの空間。  顔から火が出るってこういうことなのかな、と思う程度には恥ずかしかった。  わたしに気を遣ってくれているのだとわかっているのだけれど、実は自分自身がそう悪くも思っていないところが最も恥ずかしいところだった。  ※  そんなことを思い出し、そんなに悪い人ではなかったじゃないと、ベッドシーツを変えてくれているフロリーナに話した。 「サイファ様の胸しか見ていなかったスケベ野郎のことですか?」  吐き捨てるように言われてしまった。  いや確かに、気にはなったけれど。ただ、わたしのドレスも悪かったのかもしれない。胸元が大きく空いていたから。 「サイファ様、だめですよあれは。ただのドスケベ野郎です」  表現がさらに悪化したことにわたしは触れない。 「なんですか『その下へ続く大きくやわらかそうな二つのふくらみは全てを包み込む慈愛すら感じさせる』って。完全に変態のそれですよ! 表現がキモいです! 内容には完全に同意しますけど」  同意はするんだ……。 「いいじゃない、可愛くて。減るものじゃないし。貴族の男どもの脂ぎったにやけ顔に比べたら何の問題もないわよ」 「それはそうですけど! 突然やってきた童貞臭い男の毒視線に私のサイファ様をさらすなんて私の精神的な何かがすり減っていくんです!」 「なら童貞じゃない人だったらいいの?」 「そいつを殺します」  この子を見合いの席に同伴させるのは金輪際やめよう。  本当にやってしまいそうな幼馴染のメイドに少しばかり戦慄しながらも、わたしは興奮したフロリーナがシーツをしわくちゃにしていく様が面白くてさらに続けた、 「それに、いつからわたしはあなたのモノになったのよ」  メイドという立場上こう言われると、ぐうの音も出ないのはわかっているので我ながら意地の悪いことを言うなと思った。 「私が毎日、丹精込めてお風呂で揉んで差し上げたじゃないですかぁ」 「洗ってもらっていただけでしょう⁉」  完全にヤブヘビだった。もはやシーツを放り投げて両手の指を、わしわしと動かしながらニヤニヤしている彼女に思わず叫んでしまった。 「でも、最近はおひとりでお風呂に行ってしまわれるので私はさみしいです」 「誰のせいよ。誰かさんが悪戯するから一人で入っているのだから」 「いたずらってなんのことですか?」  私そんなことしてません、と涙目になって訴えてくる姿に動揺しつつも、 「え、いえ……ほら、あなた……いつもしていたじゃない? こう……ほら……」  直接言うのは恥ずかしかったので胸の前でなんとなく、もにょもにょとジェスチャーをして見せる。しかし、彼女は首をかしげて、きょとんとしている。 「だから、ほらぁ……胸のあたりを……」  こうして、と胸部の先のところで摘まむような動きをして見せる。  ……わたしはいったい何をさせられているのだろう。なんだか死にたくなってきた。 「あぁん、ちょっとまだよくわかりません……」  少し上ずった声で答えたフロリーナを不審に思い、恥ずかしくて背けていた視線を彼女に向ける。 「サイファさまぁ……あぁん……かたくなってますぅ……」  呼吸を荒げて顔を耳まで真っ赤に染めた彼女が頬に手を当ててうっとりした視線でわたしをみていた。 「か、かかかたくなってないから!」  わたしの手に負える相手じゃない……一番のドスケベは幼馴染であるところのうちのメイドだった。  ※  そんな浮かれていた日から一週間が過ぎた日の明け方。その日は昨晩からの雨が降り続いていた。 「勇者様一行が魔物を征伐して戻られました」という報告を受け、急ぎ勇者一行のいる王城に向かったわたしは、王や父、その他の大臣たちの目の前でとある告白を受けた。
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