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 胎内巡りという。  お寺のご本尊の真下、一切の光を遮った清い空間をお堂に巡らされた数珠を頼りに進む。指先に感じるつるりとした丸い感触だけが、この空間で進むべき道を標していた。  目隠しをされても深夜の道を歩いていても、ここまで完全に光の無い空間はない。胎内回帰の再現…ということらしい。生まれる前はこんなに暗いところにいたのだろうか。もちろん覚えてはいないのだが、そういう話を聞くと、この暗闇もなんとはなしに柔らかなように思える。  生まれる前の状態というのは、どう表現すればいいだろう。生きているだろうか、死んでいるだろうか、あるいはその二つの可能性を持っているものだろうか。どこかで読んだ哲学の話しのようだ。  大学卒業を間近に、卒業旅行を計画した私たちはまるで呼ばれるようにこの暗闇に潜った。いま、私たちは生きているのか死んでいるのか、生まれようとしているのか、はたして… なんて高尚なことを考えていたかというと、とくにそんなことは誰も言わなかったけれども。  目を開いていても何一つ形が見えない、ただ右手に受ける冷たい感触と足の裏が押し返す床の感触だけ。ああ、あとは、声、か。 「三咲(ミサキ)、足元気を付けてね」  遠くない距離から佳子(カコ)の声が聞こえた。そう、いつも彼女は私を心配してくれる。  大事なものを前に抱えた手に、ぎゅっと力が籠った。「うん、ありがとう」と少し遅れて返してしまったが、次の瞬間、私は小さな床の隙間にか、足を取られてたたらを踏んでしまった。 「う、うわっ」  抱えたものを取り落とすなんてことは絶対にできない。庇うように両手で抱え、つまり、数珠から手を離してしまった。まずい、と思った時にはもうだいぶ離れてしまったのか、手を振っても数珠に指先が触れない。  近いのか遠いのか分からない、少し焦ったように私を呼ぶ声が聞こえた。大丈夫だとそれに返すのだが、いかんせん大丈夫ではない。  すると、暗闇を探っていた(その影さえも見えない)指先が、誰かの指先に触れた。それは、そっとこちらの指先を掬うような。 「だから気を付けてって言ったじゃない、ドジね」  こっちよ、と私の指先を数珠へと連れて行ってくれたのは、佳子の手だった。脳裏に、彼女の細く白い指先がよぎる。それはほのかに白く灯っているように見えた。 「ありがとう、佳子」 「どういたしまして」 「大丈夫、三咲」 「佳子ぉ? 二人とも大丈夫?」 「志穂(シホ)千賀(チカ)、大丈夫よ、進んで」  私の代わりに佳子が答えてくれた。そっと、私の背中を佳子の手が支えるように押す。  やがて、まったく何も見えなかった空間に、すとんと上から光が落ちているのが見えてきた。不思議な感覚だった。まるで視界が一幅の絵のように、するりと立つ光の柱は幻想的だった。  光の下に、腰よりも少し高い円柱がある。台座に不思議な模様が描かれていたが、私たちはそれが何を示すのかちゃんとは理解していなかった。  なんだろうね、と言いながら誰かの指先がその模様をなぞる。カフェラテ色のネイルが光っているので、これは志穂の指だ。光から外れた部分は、その先が存在しないかのように見えない。 「ねえ、みんな手を出してみようよぉ」  千賀が嬉しそうに言った。なんなら顔を出せばお互いはっきりするのに、なぜかその時は手で、それが正解で、それしかない、という気分だった。  光の下、せーのでタイミングを合わせるなんてこともなく、ばらばらと黒い空間から手が現れた。  カフェラテカラーのフレンチネイルは志穂。  ふっくらとして爪もコロンと丸い指先は千賀。  乾燥待ったなし、爪だけは綺麗に切りそろえたのは私。  そして。  ぽっかりと開いた四つ目の空間に、なんのためらいもないように、白くて細い、しっとりとした手が現れた。─── 佳子。
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