追憶

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 ほとんど他に客もいないカフェのバイトは、最初こそ楽でよかったものの、慣れてくるととにかく退屈との戦いであった。ほぼ毎日のように来店する彼に、暇を持て余した私が声をかけたのは、私がバイトを始めてから1ヶ月ほど経ったときだった。いつも通りエスプレッソをテーブルに運ぶと、私はそれとなく話しかけた。 「お疲れ様です。レポートですか?」 「あ、いえ…詩を書いているんです。」  彼は話したこともない店員の突然の声掛けにもあまり驚く様子はなく、笑顔で応対した。  晩秋の札幌は、もう雪が降り始める。彼の姿を映す窓ガラスは水蒸気に曇っていたが、その上ではまるで蛍の光のように、ぼんやりと橙色の街の灯が揺れていた。
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