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「閉店の時間ですよ。」
私が声をかけると、彼はハッとしたようにこちらを見た。彼が閉店時間までここに残っていたのはこの日が初めてであった。彼は、ごめんなさい、と謝りながら、ノートパソコンをそそくさとしまうと、会計をテーブルに置いて店を出ようとした。
「私も帰りますし、一緒に出ましょうか。」
私が彼をそう呼び止めると、彼はこちらを振り向き、そうしましょうか、と笑った。
私たちは店を出ると、肌を刺すような外気の中を、肩を丸めながら歩き出した。
「お住まいは近くなんですか?」
「ここから歩いていけますよ。」
彼が笑うと口から白い息が漏れ出て、それがふわっと冬の札幌の空に昇っていった。私はそれを目線で追いかけて、空を見上げた。空には、オリオン座が光って見えた。
「今日は晴れているから、星がきれいですね。」
私がつぶやくように言うと、彼は同じように空を見上げて、そして残念そうに言った。
「僕は目が悪くて、星はよく見えませんね。」
「メガネ、買えばいいのに。似合いますよ。」
私が言うと、そうですね、と木暮さんは笑った。オリオン座の片隅で、ベテルギウスが赤く光って私達を見下ろしていた。
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