追憶

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 12月も半ばになると、市街地はクリスマスの雰囲気になる。この時期、札幌駅前は色とりどりのイルミネーションと多くのカップルで賑わう。クリスマスキャロルのBGMの合いの手を入れるように、クリスマスケーキの予約はいかがですか、と販促の声が聞こえてくる。  私はその日はバイトがなかったので、大学が終わってから、自分が所属していたピアノサークルの友達とのクリスマスパーティに備えて、必要なものを買い出しに札幌駅まで来ていた。 「楓さんですか?」  突然後ろからかけられた声に振り向くと、木暮さんがいた。 「偶然ですね。買い物ですか?」 「はい。大学の友達とクリスマスパーティーやることになってて。それに必要なものをと。」 「へえ、仲良くていいですね。」  私たちは他愛もない話をしながら、札幌駅前を歩いた。並木道の木々には白い電飾が巻かれ、南口の広場には大きなクリスマスツリーが青緑色に光っていた。 「そうか、もうすぐクリスマスですね。」  彼はその眩しさに、少し目を細めたようだった。 「ライトアップされてて、なんかオーロラみたいですねー。私、大学に入って札幌来て、初めての冬なんですけれど、雪もイルミネーションも、すごく綺麗で素敵な街ですね。寒いけど。」  私は、カラフルに彩られた街を眺めながら、何気なく言った。彼は私を見て、ふと立ち止まった。 「札幌の冬はね、寒いですよ。寒くて暗くて、怖いです。」  神妙な顔つきの彼に、私は思わずドキッとした。彼は、いつもと同じ優しい目で、それでも何かを訴えるようにこちらを見ていた。 「あ…そうですよね。寒いですよね。」  私は、なんと言えばいいか分からず、どぎまぎしながらそんな風に相槌を打った。彼は、しばらく私のことを黙ってじいっと見ていたが、やがてクリスマスツリーへと目を映した。 「本物のオーロラ、見てみたいんですよね。」  突然そんなことを彼が言うので、私はもう全く分からなくなって、とにかく思いつくままに答えた。 「フィンランドとかに行けば見れるんですかね。」  彼はこちらを見て、元の優しい顔に戻って言った。 「サンタクロースの故郷ですね。」
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