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#06 幼馴染みの距離感
「ホストって、凌が? あはは、無理無理! こいつが良いのは見た目だけ。しかもすぐ睨むから台無しなんだよね。気遣いが大切なホストなんて務まらない。いい加減なことを言って夕哉くんをからかうのはよしなよ」
「うるせー」
否定しないと言う事は、俺は凌さんにからかわれたのだろうか。
「冗談なんですか?」
驚く俺に、凌さんは半ば呆れたような笑みを向けて来る。
「まさか真に受けてたのか? 素直過ぎて心配になるくらいだな。変な奴に騙されそうだ。おい、壷を買うならせめて高そうに見えるやつにしてくれよ」
「壷? 壷なら実家にありましたけど、必要なら送って貰いましょうか。あ、でも置く場所がないと思うんですけど」
俺の返答に、凌さんはお腹を抱えて笑い出した。なにがそんなに面白かったのかわからないけど、真面目に返したことを笑われ、さすがに俺もムッとした。世間知らずの自覚はあっても、それで笑われるのはいい気分はしない。
「はは、悪い、まさかそこまで純粋だとは思わなかったんだ。笑って悪かったよ。ははっ」
「……笑いながら謝られても嬉しくありません」
「夕哉くん、凌に誠意を期待しても無駄だよ」
二人分のトーストと凌さん用のコーヒーをテーブルに置くと、相良さんはまだ笑いが治まらない凌さんの頭を叩いた。バシンッと小気味のいい音がした。
「いってぇ! おい、海貴!」
「店のオープン準備があるから俺はもう行くね。夕哉くん、今日の予定は?」
非難の声を上げる凌さんを無視して、相良さんはエプロンを外し、テーブルの端に置いていた自転車の鍵を手に取る。
「来月から通う大学までの道順を確かめたいので、一度行って来ようと思います」
「そう、迷わないようにね。凌、夕哉くんの誤解はきちんと解いてから出かけろよー」
言い含めるようにそう残して、相良さんは出かけて行った。俺と凌さんで相良さんの言葉の柔らかさが違うのは、付き合いの長さ故か。
相良さんを見送った後、凌さんはトーストを一枚咥え、コーヒーの入ったマグカップを持って立ち上がった。
「海貴に言われちゃ仕方ないな。なんでも真っ直ぐに受け取るお坊ちゃんに教えてやるが、俺はホストじゃない。が、客商売だ。今日は店の定休日で、さっき言ったように用事がある。これでも結構忙しいんだよ。じゃあな」
これで誤解は解けたと言わんばかりに一人で頷くと、凌さんはリビングを出て行った。
なんというか、悪い人ではないと思うんだけど、正直よくわからない人だ。
相良さんは話しやすいけど、凌さんとの態度の違いを見ると俺はお客様なのだと思えてくる。
二人のような気安い相手が、俺にはいない。それを嘆いたことはなかったけど、家族以外の親しい相手とはこういうものなのかと、少し羨ましくなった。同時に、そんな相手が俺にもいつか出来るのだろうかと疑問に思う。
仲良くなれるかは別にして、管理人としてここに住む以上はうまくやっていきたい。大学に通う四年間だけじゃなく、出来るならもっと長く、俺はここに住まなくちゃいけないんだから。
「まあ、なんとかなるか」
トーストを食べ終え、自室に戻った俺は、財布とボトルに入れたミネラルウォーターをバックパックに押し込んだ。
部屋を見渡して机の上にケーブルに繋いだままの赤いカバーを付けたスマホを見つける。あまり使いこなせてないけど、もしもの時の連絡手段としては必要だろう。
あとは大学の最寄りの駅名と住所を書いたメモを持って、俺は意気揚々と出かけた。
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