8 きれいなもの

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 彼を起こすわけでもなくぼんやりとベッドにあぐらをかく。  目に入る物から彼のことを知ろうとする。  直接見えるキッチン、敷物のないフローリング、シングルベッド。テーブルもないから人を招く予定はないのだろう。  棚に並ぶファイルの中身を示す蛍光色のシール、グラデーションに並べられたペン、角の丸い銀色の目覚まし時計。どれもが少し特徴的な面を持っていた。  モニターの奥のラックでは、黒目しか無い典型的な宇宙人の人形がブリキの機関車で運ばれていた。牛を抱いて、何故か花かんむりをつけている。  こっちを見る黒い目は家主の代わりに僕を窺っているようだった。 「おはようございます」  ふと視線を感じた。彼はまどろみの中じっと僕を見ている。 「あー、おはよ」  かすれた声。毛布と布団が肩から落ちる。 「色々とご迷惑をおかけしまして……」 「別に」  つ、と視線が僕から部屋の中へと移ると、ぐるり見渡し水を捉える。 「水飲んだんだな」  それから彼はゆっくりと体勢を変えると、これまた猫のようにぐーっと伸びをした。  彼も昨晩着替えなかったらしい、見覚えのある服を着ていた。   視線の移動を見て、僕が起きた時点で彼のことを起こしたほうが良かったかも知れないと思った。  彼はきっとあまり『自分』を見られることを良しとしていない。  パーソナルスペースが狭い人と広い人、入られる境界を明確に引いている人がいる。  おそらく、彼はそうだ。  だけど親切心でもって僕の迷惑は通ってしまった。僕が先に起きて彼の意識しないところで彼の範囲内を活動することはあまり良くなかったと思う。  あくまでも勝手な想像上の話だけども。 「炭酸飲む?」  いつ目覚めたのかとは問われなかった。  彼はゆっくりと起き上がると自分にかかっていた布団と毛布を見やりベッドに投げ、キッチンに向かった。それについていく。 「お店で出してくれたやつですか?」  使われていないキッチン。 「そう」  彼が好きだと言っていた、喫茶店で出された強い炭酸。 「別に無理にとは言わねぇよ」  そんなに顔に悩んでいるのが出ていただろうか。  彼は笑った。  目を合わせず少し下を向いて、歯を見せて、彼は笑った。  喫茶店に居るときも見た。これはきっと彼の癖だ。 「少しだけください」 「少しな」 「少し」  オウム返しのやり取りと、激しくパチパチ主張する泡。 「目が覚めるだろ」  静かに閉じられる冷蔵庫。あくびをしながら彼は言う。  僕は一気に、氷で薄まっていないそれを飲む。  今度は僕を見て彼が笑った。
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