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――チリン。
真鍮のベルが鳴る。
約束の9時ピッタリ。通勤通学の時間も過ぎ店の中も外も静かな中、男が二人入ってきた。
「あ、おはようございます。予約してた篠原です」
やたらとかさばる荷物を持ったべっ甲色のボストン型眼鏡の男が目を細め、人の良さそうな顔をして笑う。もじゃもじゃの髭が年齢不詳にしていた。
ベルがゆらゆら。両の手でそれぞれの肩紐を握り、肩を狭めて荷物→体→荷物と順にドアへ押し込んでいる。膨らんだ鞄は苦しそうに押し出された。
「おはようございます。よろしくおねがいします」
その後ろで背の高い、けれど猫背気味の若い男と目が合い、丁寧にお辞儀をされた。
聞き心地の良い声。低すぎるわけでもない柔らかい低い声。
慌てて俺も立ち上がり会釈をする。
「バイトの藍染です。マスターのじいさんは裏の家に居るので、何か店のものを貸すとかなら俺が対応します」
とは言っても特別な物などこの店には何もない。貸せるとしたらコンセントと食器くらいだ。
「あ、ほんとですか。有り難いなぁ。早速なんですが、荷物とかどうしたらいいでしょうかね」
店主自らが対応しに出てこないことに、特に不満はないようだった。
「ご自由にお使いください。そこらへんの席に置いててもいいし」
どうせ誰もいないのだ。何をするのかも知らないが好きにしたらいい。
「あ、なら隅にでも……」
篠原さんはいそいそと隅のテーブルに向かい荷物を置いた。二人掛け用の赤茶色のレザーソファは持ってきた鞄ですっかり埋まってしまう。落ちる気配もないほどみっちりだ。
あの荷物、抱えて電車に乗ったのだろうか。
「じゃあムラサキはまず、――」
その鞄を開き、小さな声で篠原さんが猫背の男に指示している。
俺は居るのが仕事で特にやることもない。
流石にここでスマホ開いてゲームしてますから好きにやってってのは、ないよなぁ。
終わる時間までどうしようかと居場所を求め、とりあえずすぐに移動できるよう、カウンターの椅子をくるりと回し腰掛けた。
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