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「――意外」
頬杖を付きぼんやり男たちを眺めていたら、つい言葉が漏れた。
店の隅、荷物の中から服を取り出すと猫背気味の男――ムラサキと呼ばれていた男が躊躇いなく着替えだした。男はチラとこちらを見て、ずぼっとシャツに頭を通す。
「お見苦しいものを」
「いやいや」
猫背具合に眠そうな目、体の線がわからないストンと落ちた丸首の白いTシャツ。そのイメージやぱっと見からは想像できないが男の体は鍛えられていた。
「鍛えてんなぁって思って」
「篠原さんが、服のために鍛えろっていうんです。服をきれいに見せるためにと」
なるほど。
着衣を邪魔しない程度に見た目のためだろう筋肉があったのはそれでか。
ムラサキはそのままちゃきちゃきと下も着替えていく。恥じらいは特にないようで堂々としている。慣れているんだろう。
外からは張り付かない限り蔦が邪魔して店内をはっきりとは見えないし、ここには男しか居ないというのも、気にしない要因かもしれなかった。
「モデルさんなんですね」
その背の高さにも納得がいく。
感心したように言ったのは、見てしまった言い訳。
ジロジロ不躾に凝視する気はなかったんだよ怒らないでね。
「あー、ムラサキはね、猫背だからね。だからいつもシャンとしてって言っててね」
篠原さんが男の背中をぺしぺしと叩く。
「でもいいでしょう。ボクの服がよく似合う」
その手はそのまま着衣を細かく直し、更に柔らかそうな波打つ髪の毛もいじり、センターで分けられたそれを片方耳にかけさせた。
「デザイナーなんですか?」
「あ、そうです。言ってませんでしたね。今日はここで撮影をさせてもらうんです。この喫茶店たまたま通りがかった時にこの寂れた感じとか蔦の具合とかが良くてね、中に入ってみたらまたこう、いい感じに廃れていて」
なかなかに失礼なことを言っている。
でも、言いたいことはわかる。綺麗にしているけれど綺麗にされていないこの古びた喫茶店は店主のじいさんと同じだと俺も感じている。
表の植木鉢は茶色く枯れ春の終わりも夏の訪れも未だ知らせていないし今後も知らせる予定はなく、看板の文字もかすれている。何処からきて何処まで繋がっているのかわからない蔦は元気よく成長し深い緑は店を覆い、営業しているのかしていないのかを曖昧にさせた。
埃ははたいているもののステンドグラスの細かいところは曇っているし、使い古されたソファにもカウンターにも少なくない傷は、いつ付いたのか分からぬほどに同化している。オレンジに光る鈴蘭のようにぽてっとしたランプは可愛らしいとは思うが、店の薄暗さを加速させていた。
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