7 夜道

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 先日篠原さんから飲みの誘いが来た。  奢りだというし、わざわざ誘ってくれたのだからと深く考えずにOKと返事をした。  少し肌寒い十月の夜、ガヤガヤした店内にムラサキと二人。篠原さんはまだ来ていない。  今日まで続いていたムラサキの選挙活動のおかげで、二人きりでも気まずい空気が薄れているのは確かだった。相手がこっちに探りを入れていたように、こっちからも多少は相手を知ることができたから。 「今日も帰ったらゲームするんですか?」  ピコッと通知が来る。篠原さんからの連絡だ。  適当に俺の好きなものばかり数品頼んで、もうすぐ来る予定の篠原さんを待つ。  篠原さんが入って来る予定で俺の斜め前、奥に座った男は、食べ物には大して手を付けず酒を飲んでいる。 「どーかな。いつも深夜までやってるけど、酒飲むと寝ちゃうかも」  いつも深夜まで起きているから、気にしなくて良いんだよ。 「パソコンでやってるんですよね」 「そう。うちハードが……ゲーム機本体がないから」 「ですよね」  ムラサキは自分の中で確認したように相槌を打つ。 「この前言ってたの、僕の家でやりますか?」 「この前?」 「タイトルを覚えてないんですけど、シリーズ物の新しいのが出るとか」  ああ。ゲームの話題を出されて、気になっているものがあると答えた記憶がある。パソコンではなくゲーム機が必要なそれは、DL価格自体はそう高くないものの何せゲーム機本体代が今から必要なのでやろうとは思っていなかった。 「ゲーム機あるの? 後ネット繋がる? ムラサキさんゲームしてないっしょ」 「あります。ネットも繋がってると思います」  でも人様の家でやらせてもらうってのもなぁ。 「どういうものなのかやりたいなと思って、あんまりゲーム自体やらないから教えてもらえたらと」  ムラサキ用に入れるついでにどうか、ということか。  興味を持っていたのは確かにシリーズものとは言え、ストーリーもなくタイトルだけ継続しているようなものだし、新作ならやる人間も同じように初心者なわけだから入りやすいかも知れない。  時間内に目標を目指すシステムなら、勝っても負けても1回やって終わりとか区切りも付けやすい。  キャラクターも可愛いデフォルメだったから、戦いっていってもとっつきやすいかも。  しかし、人様の家に行くのか。  俺は滅多に他人の家に行かない。中学生以降記憶がない。  それは友達の家が遠かったこともあるし、その頃は友達の家族が在宅していることが多く、気まずい気がしていた。  うーん。 「僕向谷に住んでるんです。近いですよね」  今回の飲み会は岡見駅という、俺の最寄り駅で開催された。  岡見と向谷は二つしか離れていない。  となると、遠いところだから行かないという断りは有効ではない。 「一人暮らしでちょっと散らかってますけど、掃除しておきます」  そして家族に乱入されることもない、と。  教えるといってもすごくゲームが上手いわけでもないが、全くしない人間よりかはできるだろう。  でもなぁ。  他人の家での身の置き場がない予感がするんだ。それこそ中学以降他人の家に行ってないわけだから、距離感がわからないというか。 「時間が合えばな」 「ネットが繋がってるか確認しておきますね」  はっきりとはしていない断りに対しての優しい返事だった。  義務でやり取りしているんだと思っていたが、この人はやっぱり探ってたんだな。  俺がどういう物に興味を持っていて、どういうことなら会話ができるのか。  そのうち社交辞令も終わりを告げるだろうと結構雑に返事をしていたのが、今となっては申し訳なかった。
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