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特に好きでもないビールを一杯飲み干す頃、俺たちを見つけた篠原さんがムラサキを更にぐいぐいと押すようにして座敷についた。
「あー、この前の写真あったでしょう。あれSNSに上げたんだけど結構反応があってね。あ、ビールください」
座るが早いか、テーブルの上を見て確認すると店員さんを捕まえ頼みつつすぐに話し出す。
「こないだの写真……」
「えーと、これこれ」
準備していたのかすぐに写真を提示された。
「あー、ピントずれてるやつ」
俺がカウンターの椅子に座りそれをムラサキが見上げている、なんてことはない写真だ。ピントは言っていたようにグラスに入り、炭酸の気泡がキラキラしていた。ストロボを使っていない写真は喫茶店の薄暗い明かりを頼りにしていて幻想的でもあった。
自分にも送られてきていたがまじまじと見てはいなかった。
恥ずかしいだろ。自分の写真をそんなじっくり見るなんて。元々イケメンなわけでもなし、写りが良くても程度は知れている。それなら見ないほうが良い。見なければ何も存在しない。
「これがSNSで結構反応良くてね、それで相談なんだけど……」
篠原さんが丸い縁の中の丸い目でじっと見てくる。もじゃもじゃ髭が唇と一緒に動く。
「藍染くん、うちのモデルしない?」
「は?」
ものすごいそっけない声が出た。
「あ、いや無理にとは言わないけどね、あの写真本当に反応良くて、ムラサキと一緒にモデルをしてくれないかなって。いやほんとに無理にとは言わないんだけど」
篠原さんは慌て言い訳を並べるように喋りだす。
手元のタブレットでサイトを表示する。ただ服が並んだ写真。ムラサキが着用モデルをしているのも、していないのもある。
この間店で撮った写真はイメージ写真やコンセプト写真なのだろうか。
「勿論、あー、大した金額は出せないんだけどお金は払うし」
「いいっすけど」
「藍染くんの時間に合わなかったら仕方ないから、ほんとに無理は……いいの?」
「俺で良ければ?」
疑問系に疑問系で返す。
そんなものに誘われるだなんて滅多にあることではないから、一回くらい体験してもいいだろう。
「あの写真俺私服だし顔判別つかないですけどね。あと俺はムラサキさんみたいにかっこよくないっすからね?」
端へと追いやられた男と俺は残念ながら違うのだ。
「そんなことないよ!!」
一気に飲み干されたグラスがダンっとテーブルに置かれ、篠原さんが強く言った。
思わず笑ってしまう。
「僕も藍染さんと一緒できたら嬉しいな」
ムラサキにはすでに話が通っていたのだろうか。二人のときにはそんなこと言わなかったけれど特に驚いたふうでもない。
「いやー受けてくれるなんて、期待はしてたけどしてなかったから」
気が緩んだのだろうか、ニコニコと笑みを浮かべ篠原さんは次々に注文する。空のグラスが店員によって片付けられ、満ちたグラスが運ばれてくる。
自分が欲されることでなんだか特別になった気がした。
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