8 きれいなもの

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 窓は閉じられている。  あの一瞬の夢のように綺麗な薄明かりと同じ冷たい空気は流れ込んでいない。  もしかしたら本当に夢だったのかも知れない。  遮光カーテンの隙間から陽の光が差し込んでいた。  家主は床で毛布に包まっている。  椅子に自分のジャケットを、パソコンデスクの上にはスマホを見つけ、ゆっくりと立ち上がる。要らないかと思いつつも床の主に借りていた布団をそっとかけた。  時刻は6時47分。  スマホにくっつくほど近くに置かれている満ちたコップに手を伸ばす。これはきっと彼が用意してくれた水だ。見苦しく酔った僕に彼は何度も水を勧めてくれたから。言われるままにちゃんと水は飲んだと思うけど、ここにいつ連れてきてもらったのかもわからない。  昨晩は随分飲んでしまった。  トークアプリで努さんに挨拶をし、心配の返信と昨晩の意識を擦り合わせる。徹夜したという努さんに聞くところによると結構飲んでしまったが吐くようなことにはなっていないようだ。うざく絡むなんてこともしていないらしい。現状迷惑はかけているけども。  猫のように丸まっている彼を見下ろし、夜中の風景を思い出す。  窓際の紫に見えた髪色は綺麗な灰色のまま。つけていたヘッドホンはデスク上に雑に置かれており、パソコンはスクリーンセーバーも動かず黒い画面を映している。  床に寝るのは体が痛くなりそうだ。けど眠っている彼を起こすのはどうだろう。いつ眠ったのかもわからない彼は、朝にあまり強くないと話していた。  友人の家にお邪魔することは時々ある。けれどここまで酔っ払って迷惑をかけ世話になったことは記憶の限りは、無い。  奪ってしまったベッド。枕元の下に主張するように置いてある空のゴミ箱や、わざわざしまっていたのを出してきたのだろう彼の使っている毛布、僕に用意された水。  すごく親切にされてしまった。  二度しか会っていない僕を努さんに押し付けることもできたし捨て置くこともできただろう。  けどそうはされなかった。
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