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「はい」
お父さんがおもむろに封筒を差し出した。
何だろう?と私。
「おまちかねのプレゼントだよ」
私は息を呑んだ。
急いで手紙を受けとると中身を取り出した。
便箋に書かれていたのは──
『和室に行ってごらん』だった。
私は跳ねるように立ち上がった。
「慌てて転ぶんじゃないぞ」
私は返事をするのも忘れて和室に飛び込む。
座卓の上に二つ折りのメモ紙が置いてあった。
拾い上げて広げる。
メモ紙には『階段にいってごらん』だった。
階段まで急ぐ。
床にメモが置いてあった。
中を読むと『上にあがる』と書いてある。
階段を駆け上がる。
メモを拾い上げる。
『のりちゃんのベッドの上』とある。
自分の部屋に飛び込んで、ベッド上にメモ紙を見つける。
『ソファーの下』
我が家のソファーは居間にしかない。
私は急ぎ階段を降りて、両親のいるリビングに戻ってきた。
お母さんがにこにこ笑っている。
私はソファーの下を覗き込む。
リボンがついた四角い箱が置いてあった。
編み機にしては小さかった。
もしかしたらキラキラのビーズセットだろうか?
期待に胸が膨らんだ。
私は両親の目の前で包みをあけた。
クリスマスカードの下に一冊の本。
『本?』
たったこれだけ?
キラキラも、わくわくもない、外函に入った分厚い本だった。
そうだプレゼントはもう一つあるのかもしれない。
期待しながら私は両親を見る。
二人ともニコニコしながら私からの言葉を待っている。
お父さんからも
お母さんからも
プレゼントがもう一個あるという言葉は出てこなかった。
やはり今年のクリスマスプレゼントは、この分厚い一冊の本でおしまいだ。
自分でもどうしようもないくらい、気持ちがへこんでしまった。
私のがっかりした様子ににお母さんは言った。
「来年から中学生なんだもの、おもちゃはそろそろ卒業しなきゃね。その本は、今のあなたにちょうどいいわ。お母さんが娘のころに夢中になって読だ本なんだから」
私は沈んだ気持ちのまま、外函の中から本を引き抜いた。オレンジ色の栞リボンが目に留まった。紫色をしたハードカバーの立派な装幀の本だ。
中を開く。
表題に
『赤毛のアン』
ルーシー・モード・モンゴメリ作
村岡花子訳
と書いてあった。
次のページを開く。
今まで読んだこともないような文章量に圧倒された。
一ページに小さな文字がびっしり詰まっている。文字通り活字だらけ。
幸いにも白黒の挿し絵がところどころ入っていて、私をほっとさせた。
二人とも私の言葉を待っている。
“ありがとう”の言葉を。
私は泣きたいのを我慢し、小さくぼそぼそと礼を言った。
その夜──
がっかりした気持ちを抱えたまま、私はベッドに潜り込んだ。
──翌日は良く晴れた寒い朝だった。
私はパジャマのまま暖房のある居間へ行った。
窓の向こうに、灰色の森から小さな橙色の太陽が顔を覗かせていた。軒下から細く長く伸びた氷柱が、寒い朝の儚げな光に反射して、虹色の輝きを放っていた。
冬の陽光は、私の作ったお手製ステンドグラスにも注がれた。光がセロファンを通り抜け、ペチカに赤や緑、黄に淡い輝きを映し出していた。
「のりちゃんの作ったステンドグラスほんと綺麗ね」
食卓に朝食を並べながらお母さんが嬉しそうに言った。
朝ごはん後、私は温かなペチカに背中をくっつけて、プレゼントの本を広げた。
グリーンゲイブルスのアン──
赤い髪の女の子は孤児だった。
気づくとそばかすだらけの女の子に夢中になっている自分がいた。
──翌年のクリスマス。
部屋にもう一冊、アンの物語がやってきた。
その翌年も、
そのまた翌年も。
本の中のアンは成長する。
教師になり、結婚し、たくさんの子供達を生み育てる母親になっていた。
八年間、本は毎年一冊ずつ私の手元にやってきた。
それは、少し前を歩くアンが私を導いているみたいに。
母は何も言わないが、兄弟のいない独り娘に対する想いが込められていたのかもしれない。
八年かかって、私はそう思えるようになった。
後に番外編二冊出版されていると知った。
すっかり大人になった私は家を出て、すでに数年が経っていた。
残り二冊は自分で買い足した。
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