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(平成○年九月三日 福岡新報)
奇跡!八年間の眠りから覚める
二日、福岡市内の病院で福岡市早良区在住木村譲さん(二十一歳)は、八年三か月ぶりに、意識不明の状態から目を覚ました。
木村さんは中学一年生のときに交通事故に遭い、以来、意識を失い寝たきりの状態となっていた。これまで、年に数回、微弱な脳波が現れたり、呼びかけの声に瞼や指先に「反応」することがあり、医師たちを驚かせていた。家族はいつの日にか意識が戻ることを祈り、看病を続けていた。
担当の医師は「極めて特異なケース。八年間ぶりに眼が覚めた例は聞いたことがない。現代の医学では説明できず、本人の生命力としか言いようがない」と話している。
母親は「息子がいつか目を覚まし、親子で話ができる日が来ることを夢に見ていた」と喜びを語った。
僕は今、二十七才の独身で、福岡市の郊外にある小さな出版社で古代史の専門誌の編集をしている。
僕は編集を任されているのだが、「編集」とは名ばかりで、実際は連載ものの執筆も行えば、取材にも出かけるし、簡単なイラストも描く。時には簡単な翻訳なんかもやらなければならない。要は社長と僕との二人三脚で三か月に一度、四十ページの季刊誌を何とか作り上げているのだ。
それでも地域柄、古代史ファンが多く、何とか社長と僕の給料が出るくらいの売上げはあがっている。
自分で言うのも憚られるのだが、お陰さまで僕の書いている連載小説は、「古代の人物の息遣いが聞こえてきそうだ」とか「古代の村の様子が手に取るようにわかる」といった反響をたくさんいただいている。
それはそうだろう。
だって僕には、信頼している社長にだって伝えていない「過去」があるのだから。
僕は今でこそ平凡な一人暮らしの独身サラリーマンであるが、僕の定期入れの中には丁寧に畳まれた六年前の福岡新報の記事がしまいこまれているのであって、この記事の裏に隠された八年間は、僕の人生にとって重々しくもあり、麗々しくもある。誰にも言えない、否、言っても信じてもらえない八年間の出来事が、この歳になっても依然として、僕のこれまでの人生の記憶の中心的な部分を占めているのであって、今の仕事だって何を隠そうこの記憶を小出しにしながら進めているのだ。
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