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インドに比べて、日本の冬は寒いらしい。
その話をマニッシュに聞いた時、私は彼に、マフラーをプレゼントしようと決めた。
今日、十一月二十四日は彼の誕生日。
この日のために私は、一か月も前から、慣れない棒針に悪戦苦闘しながら、毎日コツコツマフラーを編み続けてきた。間に合いそうもなくて、昨日の夜なんか徹夜で頑張った。
そうして今朝、ようやく完成したそれを、両手で持って広げてみた。
右から左にいくにつれてどんどん編み目が荒くなる、決して出来映えがいいとは言えない代物だけれど、彼への愛は沢山詰めたつもりだ。
ポイントは、赤地に白い文字で縫いつけた「M」の文字(マニッシュの頭文字)だ。そこだけは、我ながら綺麗にできていると思う。
うん、大丈夫。きっと、喜んでくれる。
私は初めての手作りマフラーを、愛しさを込めてぎゅっと胸に抱いた。
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待ち合わせの駅の前にマニッシュは立っていた。百メートル手前でもわかるそのシルエットに、顔が自然とほころぶ。
彼はいつも、頭に「ターバン」を付けていた。
インド人は皆そうなのだと思っていたけれど、彼が言うには、ターバンを着用するのはインド人の中でもシク教という宗教の教徒だけらしい。
後日調べてみたところ、シク教徒はインド人の中でも二パーセント弱しかいないレアな存在らしく、つまり私の彼氏はそのレアなインド人に該当するということだった。
とにかく、マニッシュのザ・インド人といった感じのビジュアルは、この日本では結構目立つものであったが、私はそんなところも含めて、彼の全てを受け入れていた。
「や、マニッシュ」
「こんにちは」
「お誕生日おめでとう」
「ありがとう、カンナ」
「はい、これ、プレゼント」
もったいぶるのもなんだか恥ずかしいので、マフラーはデートの前に渡してしまうことにした。適当な紙袋に入れたそれを受け取ったマニッシュはもう一度「ありがとう」と言って、その場で中身を取り出した。
私の一ヶ月の努力の結晶を無言で眺めるマニッシュ。私はドキドキしながら、彼の次の言葉を待つ。
「これは、手作り、いうものですか」
「う、うん! 下手くそだったらごめんね」
「とても、グッドだね。今度、使います」
「ほんとに? 良かった」
マニッシュの言葉にほっと胸をなでおろした私は、上機嫌で彼の手を引きデートに繰り出した。
言葉や文化が多少違っても、私たちはしっかり通じ合っている。相手を思う真心があれば、不自由なことなんて何一つ無い。
本気でそう思っていた。
次の日、学校でマニッシュに会うまでは。
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「おはよう、カンナ」
大学の一限目の授業に出るために、朝早くに家を出て講義室に向かった。留学生であるマニッシュは、私よりも早く講義室に着いていたようで、いつものような優しい笑顔で私を迎えてくれた。
彼の頭の上に、昨日私が渡したマフラーが乗っかっていた。
違う。
違うよマニッシュ。
それはターバンじゃないの、マフラーっていうものなの。
周り見てみなよ。みんな、凄い顔で見てるよ?
私、あわよくば二人で一緒に巻けたりしないかなぁなんて思って、かなり長めに作っちゃったから、ものすごい大きさになってるよ?
アクセントで付けた「M」の字が奇跡的にちょうど真正面にきてて、真っ赤なマフラー+白い「M」の字で、なんか某有名キャラクターの帽子みたいになっちゃってるよ?
ねぇ、マニッシュ。
言いたいことは山ほどあったけれど、マニッシュの純真無垢な笑顔を見ていると、口にするのが躊躇われた。
「あ、あのね、マニッシュ」
「今日も、寒いね」
「うん、そうだね。それよりね、マニッシュ。えっと、あのね。それの使い方はそうじゃなくてね……」
「教授、きたよ、カンナ。一日、頑張りましょう」
ああ、なんとタイミングの悪い。
しかたなく、私はマニッシュと並んで最前列(彼はとてもまじめな生徒なので、講義はいつも教授の目の前の席で受けている)に座り、教授の話に耳を傾ける。
が、全く内容が頭に入ってこない。
周囲の学生の視線が気になりすぎる。この講義室にいる全ての学生の視線がマニッシュと私の後姿に注がれているような気がして、後頭部がちりちりと熱くなる。こころなしか、教授までこちらをチラチラと見ているように思えた。
たまらずマニッシュの方を伺うと、彼はそんなのどこ吹く風と言った様子で、講義に集中しているようだった。
講義が終わった。私はすぐさまマニッシュの手を引いて、講義室を後にする。
「どうしたですか、カンナ。次の講義なら、まだ時間あるよ」
「そうなんだけどね、それより、その頭のやつのことなんだけど」
「ああ、これ、ありがとう。とても、お洒落です」
「そのことなんだけどね、実はそれ、頭に巻くものじゃなくてね」
「そうなんですか」
「本当は首に巻いて、寒さを防ぐためのものなんだよ」
「寒さを、しのぐ……? 温まるためのものってこと?」
「そうそう、だからね、」
「とても、温かいですよ」
マニッシュはこれでもかというほど幸せそうな笑みを浮かべ、頭に巻いたマフラーを撫でた。
「それじゃあ、次の講義、行かなきゃ」
歩き去ってゆくマニッシュの、異様に目立つ後ろ姿を眺めながら、私は思った。
別に、マフラーの使い方なんて本人の好きでいいじゃないか。
私はただマニッシュに、少しでも温かくなって、喜んでほしかっただけ。
彼はあんなにも嬉しそうにしていて、「温かい」という言葉もくれた。
だったらこれ以上何を望むのか、と。
私は周りの目を気にするあまり、一番大切なことを見落としかけていた。彼の全てを受け入れた気になっていたけれど、どうやらまだまだだったらしい。
来年はまた、別の色のマフラーを作ってあげよう。
そう決意した私は、次の講義に出席するため急ぎ足で歩き出した。
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翌月。私の誕生日。
家に突然送られてきた、綺麗な黄色のカーテン。差出人はマニッシュの名前だった。
愛する彼からの初めての贈り物を、私は、愛しさを込めてぎゅっと胸に抱いた。
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異国の文化に戸惑う僕をいつも支えてくれる愛しの恋人、カンナ。
誕生日の日に彼女から貰ったターバンを巻いて、僕は今、彼女の家に向かっていた。
本日は彼女の家に招待されているのだ。先週の彼女の誕生日の時、ターバンのお返しとして僕が贈ったプレゼントの、お披露目をしてくれるつもりらしい。
この上なく昂揚した気持ちで、玄関のチャイムを鳴らす。
きっと「それ」を身にまとった彼女は、僕の母国のどんな女性にも負けない、美しい輝きを放っているに違いなかった。
おまたせ、と言ってドアを開けた彼女は、なぜか、いつもと変わらない服装だった。
どういうことだろう。
あ、なるほど。これから着替えて、見せてくれるのか。
そんなことを思いながら彼女の部屋に上がった僕は、瞬間、目が飛び出しそうなほどに仰天した。
僕がプレゼントしたインドの民族衣装、「サリー」は、彼女の家の窓を覆うカーテンとなって、僕の前に現れたのだ。
「あ、あのね、カンナ」と、僕は思わず口を開いた。
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