一難去って……

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『あぁ、森川さん。お世話になっています。……ナニ、ウチの佐久間が……。コンプライアンス担当役員……。いいえ、私の指示ではありません。……そんなことがあるはずない……』 社長の声はひどく動揺していた。坂下から手抜き工事の有無を聴取された森川が、美智が大洋富士建設を訪問している理由を問いただしているのだろう。 『では、何かわかりましたら、ご連絡ください。私もこちらで当たってみます』 社長と森川の通話は短かった。待ちわびていたような瑞穂の声がする。 『社長、佐久間さんがどうかしたのですか? コンプライアンスがどうとか……』 『いや、片桐さんには関係がないことだ』 『お局……。いえ、コンプライアンスのことならば、監査役として、私には聞く権利があります』 「それは聞かなくていいのよ……」 美智は思わず声にした。瑞穂が知りたいのは美智のことか、コンプライアンスのことか分からない。ただ、彼女は社長よりも粘り強く強引だった。社長は負けて、手抜き工事の件で美智が大洋富士建設へ赴いているらしいと話してしまった。 「社長、なんて口が軽いのよ」 〝ぼんぼん社長〟という猪狩の声が頭を過る。 『データセンターで、そんなことを……』 瑞穂は一時、言葉を失ったが、気を取り直し『それでどうするつもりです?』と聞き返していた。 『わからんよ。森川課長からの連絡待ちだ』 『データセンターで手抜き工事などをしたら、銀行側は必ず損害賠償を請求します。考え直すべきですよ』 そう言い残して社長室を出た瑞穂は、希美を監査役室に呼び出していた。
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