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俺は岸田さんの味方ッスよ、なんて言ってくれる可愛い後輩。ああ、と萌えが限界突破して崩れ落ちそうになる凛音である。何故にこの年下の後輩が、自分の実の弟や彼氏ではないのか。営業事務をやっている女性陣の間では、影でアイドル扱いされているほどなのだ――今日飲みに付き合わせて、一緒に帰って貰ったのが知られるだけで一体何を言われるやら。
正直、何かを期待していない、と言ったら嘘になるのである。好意ゼロなら、こんな風に愚痴に付き合わせたりしないのだから。
「ほんと、お前はいい奴だ、うん」
可愛くてイケメン、気配り上手で優しい。こんな優良物件、きっとすぐどこぞの女にかっさらわれてしまうことだろう。実に口惜しい。残念ながら恋愛経験ゼロ(つまり、未だ年齢=彼氏いない歴という有様)な凛音には、到底アタックする度胸などあるはずもなかったのだが。
「人の気持ちがわかる男って貴重だよ。女の子にさぞモテたんじゃないか?優しくて可愛いって」
「あー……そうでもないッスよ。俺、ものすごく臆病だし」
「臆病?」
「ええ、まあ。……言うべきことがあっても、全然言い返せないし。喧嘩になったり、争ったりするのが凄く苦手で。……営業なんて、ライバルを出し抜かないといけない時もあるのに、弱気じゃダメだってわかってるんッスけどね」
「ええ、そうなの?」
「そうなんですよ」
雑踏が、遠い。そういえば、今日はやけに道が静かである気がする。車通りの多い道路を避けて、一本裏の道を歩くことに決めたのは凛音だけれど。それにしても、さっきから妙に人が減ったような気がするのは何故なのか。
「人を、傷つけたくないんです……言葉でも、拳でも。思い込んで、ぶつかって……それで酷い失敗をしたのを、思い出しちゃうから」
あの、と。彼は躊躇いがちに、告げる。予想外の言葉を。
「先輩は。……前世って、信じますか?」
はい?と思わず固まった。話の流れが全く見えなかったからだ。酷い失敗をした、それで――何故に、前世なんて話が出てくるのか。
暫くフリーズした後、凛音から出てきた言葉は一つだ。
「えっと……アニメとかで人気の、異世界転生っていうアレ?」
ちゃちな返ししかできなかったが、他にどう言えばいいだろう。前世、というものを否定しているつもりはない。けれどそんな記憶があるなんて言われたら、そんなものナンセンスだ。勿論目の前の可愛い後輩が本気でそんなものを信じているというのなら、余計なことまで言うつもりはないけれど――。
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