<1・ピーター・パン、襲来>

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「あんな、可愛いものじゃないですよ……本当の前世なんて。産まれる前も産まれた後も、望んだ場所に行けるとは限らないんッスから」  そんな凛音に、彼は一体何を思ったのか。普段の明るくて快活な彼とはうってかわって、まるで死んでしまいそうな目をした青年がそこにいる。 「前世を信じないなら、その方がいいです。一度焼き付いたら、もうそこから離れることなんかできないんだから」 「え、え?」 「人は知ろうと努力することはできるけれど、知ってしまった後で……知らなかった自分に戻ることなんかできやしないんッスから」  困惑する凛音の耳に――その音は、不意に届いた。まるで風を切るような、何かが飛んでくるような――それ。  ああ、どうしておかしいと思わなかったのか。いくら一つ裏手の通りだからといっても、まだ町が元気なこの時間の都心で、駅からもさほど遠くないこの道で――人がまるで歩いていない、だなんて。 「!?」  次の瞬間、凛音達の目の前を何かが通過した。あまりにも速い不意打ち。我に返った瞬間気がつく。――さっきまですぐ隣にいた青年の姿が、なくなっているということに。 「加賀美君!?」  はっとして周囲を見回す凛音。パニックの一歩手前で聞こえたのは、まだ声変わりも済ませていないような少年の声だった。 「悪いが、貰っていくぞ。これ以上、あいつに“物語”を集めさせるわけにはいかないんでな」  声がする方、見上げた先。凛音は見た――ビルの上に降り立つ人影を。その“緑”の光を、ファンタジーの妖精のような衣装を纏った少年を。  その姿は、まるで。 「“桃太郎”は、この“ピーターパン”が預かる。あんたには申し訳ないがな」 「ちょっ」  彼は腕に、自分より遥かに長身の青年を軽々と抱えている。待って、と叫んだ次の瞬間。ピーターパンを名乗った少年はビルの屋上を蹴り、凄まじいスピードでどこかへと消え去ってしまった。走ったのか、飛んだのか。確かなことは止める暇も助ける暇も、凛音には全く許されていなかったということである。 「待って……待って!加賀美君、加賀美君!!」  夜の町、呆然として名前を呼ぶ女が一人取り残された。  まさかこれが、恐るべき運命の始まりなどとは知る由もなく。
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