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きっかけ①
気づいたら朝の光が射し込んでいた。
昨日、あのまま僕は寝たのか?
佐藤さんがいない…
結局最後まで流されてしまった。佐藤さんの声を聞く度に逃げれないくらい身体が反応して…
どんな顔して会えばいいんだ。今のうちにこのまま帰る?いや、失礼だよな。
ガチャッ
「おはよう…。昨日は本当にごめんなさい」
「……」
佐藤さんに謝られてもどう答えればいいかが分からない。怒りとかそんなんじゃなくて、どうしてって気持ちが強い。
「謝って済むようなことじゃないよね」
「なんであんなことしたんですか?」
「こんなのなんの言い訳にもならないけど…好きなんだ。神田くんが」
昨日も言ってたよな。嘘には聞こえないけど…。
「……だからって」
「ほんとにごめん」
佐藤さんが真剣に謝る姿に僕は怒りきれないでいた。僕も逃げれたかもしれないのに全力では拒んでいない。
「僕、逃げれたかもなのに逃げなかったです。昨日のことは無かったことにしましょう。僕も多少は悪かったです」
「神田くんは悪くない!俺の一方的な…」
「佐藤さんとはっ…佐藤さんとはこれからも大切な仕事仲間でいたいですよ。僕は佐藤さんとのアフレコすっごくいい経験でした」
言葉を遮ってまで僕は何を伝えたいんだ??
佐藤さんのした事はなぜかそんなに怒っていない。むしろ、誰もあまり寄せ付けないイメージのある先輩が僕に対して抱く感情は嫌じゃなかった。
僕はきっと佐藤さんとの関係が気まづくなるのは嫌なんだ。
「俺も、神田くんが初めての仕事とは思えなかったし神田くんの演技に引っ張られた時もあったよ。また同じ現場で仕事がしたい。」
初めて聞いた。先輩が僕とのアフレコをどう思っていたか…。嬉しい。
「笑ってくれた。よかった。無理をさせてごめんね」
「佐藤さん、もういいので。これからよろしくお願いします」
「うん、もうしないから。ごめんね。また現場で会ったらお互いアフレコまた楽しもう。よろしく」
「でも、一つだけ教えてください」
「何?」
「どうして僕を好きっていってくれるんですか?」
ずっと気になっていた。昨日の夜、熱い声で言われた『好きだ』という言葉の理由を。
「オーディションで君の演技を見た時に神田くんがあまりにもキラキラしていてこの子と演じたいって思ったんだ」
それって僕の演技に惹かれたってこと?そんなことある?!人気声優の佐藤さんが?!
僕なんかよりすごい人ならオーディションに何人もいた。
それに、僕は男性声優さんの声が好きで聴き放題とかも思ってるようなやつなのに。
「神田くんは僕の心を動かすそんな声をしていた。演技もそうだけど、神田くんの声に惹かれた。ずっとこの仕事をしてきてもそんなのは初めてだったんだ」
「そうなんですね。でもそれはつまり、僕のこの声が出なくなったら佐藤さんは僕のことをもう意味の無い人間として扱うんですよね?」
「えっ?!」
「あっ、いやごめんなさい。なんでもありません。教えてくれてありがとうございます。」
でも、僕は佐藤さんが思ってるような声優じゃない。キラキラなんてしてない。演技もまだまだ。
それに僕の本当に声優になりたかった理由は別にある。
声優になることは僕の母親への……。こんなこと絶対に佐藤さんには言わない。いや、誰にも言えないんだ。
「神田くんも俺の声が好きなんだよね?」
「えっ?!なっ、なんでそんなこと?!僕言いましたっけ?」
「言ってたよ。かわいい寝言だったみたいだけど」
ね、寝言〜〜〜?!
なんでそんなこと言ったんだよ!僕はもう!
「いやっ、その男性声優さんの声がみんな好きなんです。」
「俺だけじゃないの?」
ドキッ
佐藤さんの声ってこんなに甘い声だったっけ?ず、ずるい、男の俺でも今のはちょっとかわいいと思ってしまう。
「佐藤さんの声は確かにけっこう好きですけど…」
「ほんとっ?やった。嬉しいね」
佐藤さんってけっこうコロコロとキャラがかわるような気がする…。昨日はあんなにSっぽかったのにな。
いや、別に求めてないよ?!優しい佐藤さんの声が1番だ!
「あ、そろそろ準備しないと」
「仕事ですよね、僕お礼にご飯作りますよ。台所使ってもいいですか?」
1度いつもやってる趣味の料理でもなんでもいいからとにかく落ち着きたかった。
「えっ手料理?いいの?!ありがとう。材料はあるものなんでも使っていいよ。そんなにないけど…」
「わかりました。台所お借りします。」
「ランニングしたからシャワー浴びてくるね」
「はっはい!」
1人になったらなんか、昨日ほんとにやったのかなって思えてきた。
忘れるって決めたんだ。佐藤さんとの約束だから。
「よしっ、料理しよ!」
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