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きっかけ② 【side 佐藤】
やってしまった。止まれなかった。
だけど、犯罪に近い行為を神田くんは無かったことにすると言ってくれた。
これからもよろしくと言ってくれた。
神田くんは俺のために料理を作ってくれてる。昨日、あんなことをしてしまったばかりなのに本当にキラキラとした曇りのないいい子なのだと思う。
彼を知ったのはオーディションの日。
俺は主役に決まっていたから審査員としてそこにいた。
1000人ほどいた中でずっと特に何も感じずこの子の方がましかなとか、自分との声に合うものなんて基準で見ていた。
俺は自分の仕事に妥協は許さない。だから邪魔をする初心者など嫌であった。
そんな中、最後に現れた1人の男の子はオーディションなんてことを忘れるくらい心を奪われた。
なんてやつだ。そう思った。
オーディションで演じる場面は戦いのシーンだけでなく、1番ハヤトで重要になる恋人を亡くし泣き叫ぶシーンがあった。
彼の恋人が消えたあとの第一声
『いやだよ…。なんでっどうし…て?僕はっ、僕は君を愛しているんだ。頼む。どうか神様!僕のメアリだけはどうかっ…どうか…大切なんだっ……うわぁぁ、メアリィィィィィィィィ!目をさませっお願いだ。僕をっ…グスッ……ッ…置いていかないでくれっ…』
苦しい、誰も助けてくれない。神なんか信じてもないのにそんな存在にさえ頼りたくなる、言葉じゃ言い表しきれない思いがひしひしと伝わった。
あいつはハヤトだった。俺の心臓はドキドキと音をたてていた。
こんな感覚は初めてだったんだ。
それは俺だけではなく監督もみんなそうだった。
全員一致で彼に決まった。
俺のように自分の演技力を見せつけようとせず、ただ役を心から愛し役になりきる神田くんを羨ましく思っていたのかもしれない。
人気声優と呼ばれるまでの苦労した日々をあっという間に抜かされそうなほどの実力。
彼は天才だと思わされた。
気づいたら彼の声が頭から離れず、しだいにそれは独占欲になっていた。
俺だけが神田梓の声をものにしたいと。
俺の隣には神田梓がいなければならないと。
でも、きっと彼は何かを抱えている。
あの演技は神田くんの叫びにも聞こえたんだ。もしその悲しみが本当なら俺が助けてやりたい。
でも、もう俺にそんな資格はないのだろうな。
それでも俺は、神田くんの力になれるようにしたいんだ。
彼を守りたい。
だって誰よりも好きだから。
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