想い届く

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①「交差する世界」 「斉藤、これ、やり直しな。」 どさっと置かれた書類は、付箋と赤字で埋まっていた。 「今日の5時までに直しておけよ」 「はい」 「依子さん、大丈夫ですか?」 そう声をかけてきたのは片山美月、去年入ってきた新人だ。 「うん、ありがとう。何とかなりそう。」 先ほど渡された書類の他にも依子の机には書類が山のように詰まれている。 ここは栃木のローカル雑誌「ミルクタウンなび」の編集部だ。 やり直しを命じたのは編集長の伊藤だ。 「とりあえず取材行ってくるね。3時には戻るから。」 車のキーを手にテナントビルの階段を駆け下り、車に乗り込んだ。エンジンをかけ、熱気を逃そうと窓を開けるがもわっとした空気に慌てて窓を閉めた。今週から9月に入り、朝晩は秋らしくなってきたが、まだまだ昼は暑い。 今日は那須塩原市の青木にある美術館の取材だ。昨年開館した際も訪れたが、今回は県内のアート特集で改めて取材をする。 世界的に有名なアーティストということもありオープン時は取材陣が多かった。 今日はじっくり取材できそうだ。 「うーん、終わったー」 時計を見ると12時半。 お昼を済ませてからオフィスには戻ることにした。このあたりはカフェも多い。 次号のクリスマスデート特集の下見を兼ねてランチも良いかもしれない、が。 「締切5時よね。」 カフェでコーヒーを飲みながら記事をまとめる余裕は無さそうだ。 せめて美味しいものが食べたい!と近くの道の駅のパン屋に寄ることにした。 パンを買い、店を出る。 ふと、左を見ると林が見えた。 その奥には青木邸だ。 正式名称は旧青木家那須別邸。 明治時代に建てられてたものだ。 あの時はもう少し寒かったか。 大学の同級生、直人と来たのはもう2年も前のことだ。二人とも近代建築が好きで、出会ったのも近代建築の講義だった。都内にある近代建築を見に行っては喫茶店やファミレスで感想や撮影した写真を見るのがデートだった。 大学を卒業し、依子が地元に戻ってからも休みをあわせては見に行っていた。 依子が東京へ会いに行くことが多かったが、直人が連休が取れた時には塩原や那須へ来ていた。 直人がこちらに来るのは5回目だった。 そういえば青木邸はまだ2人で行ってなかったねと言って昼食後に寄ったのだ。 11月で木々が色づいていた。ゆっくり歩いていたはずだが、ふと直人が隣にいないことに気づき、振り向く。 「どうしたの?」 目を細めた直人はそれには答えず、「空気が澄んでる」と呟いた。 「貴方も待っているの?」 「え?」 意識をいきなり"今"に戻された依子は手にしていたコーヒーをこぼしそうになった。 周りを見渡しても誰もいない。木々の葉っぱが風で揺れているだけだ。 「気のせい?」 「♪」 その時、メールを知らせる音がした。一瞬ドキっとした。見ると美月からで「トラブル発生!!」と書かれている。が、詳しいことが書いていない。 依子は慌てて戻ることにした。
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