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辺りを見渡すと、気が付いた時にはもう半分以上歩いていた。
イチョウ並木がすぐそこに見えている。だが連日のにぎわいはもうない。今年もたくさんのカップルがこの道を歩きに来ていた。手を繋いで寄り添って、幸せな顔で笑い合っていた。
この街にあるジンクス。
ーー街の中心にある『恋銀杏通り』と呼ばれている並木道の、イチョウの葉が全て散る前に、想いを寄せる人同士がその道を歩くと、二人の願いが叶うーー
もう人がいないのはイチョウの葉が散ってしまっているからだ。
イチョウの葉が散るときは早い。いきなり一斉にハラハラと真っ直ぐに落ち、ピタッと止まる。そしてまたしばらくたって、ハラハラと一斉に散り始める。1日のうちに、早い時は数時間のうちに全ての葉は落ちてしまう。
なので人が多く集まる時期も1年のうちのほんの僅かな時だけだ。
辺り一面黄色く染まった道に差し掛かり、茜は上を見上げた。千秋の自転車の後ろに乗って見上げた黄色い空はもうない。
9年間千秋に恋していた。でも今日というたった1日で終わってしまった。イチョウの葉が散るの同じように。茜の恋もヒラヒラと真っ直ぐに舞い落ちて心の底に沈んでいく。
千秋とこうして一緒にいるのもこれっきり。
(だったら神様。それでいいから、どうか最後に千秋くんと手を繋ぎたいな......)
両想いじゃないと叶わないジンクスだから、いっそ神頼みしてみた。
ずっと前から思ってた。いつも願掛けなんてされているが1番したいのは自分だ。できるものなら自分の願いを自分に叶えて欲しかった。
「そういえばさ、おまえ確か《歩く恋愛神社》だったよな?」
「?!」
ちょうど今考えてたことを突然話題に出され、茜はぎくりと肩を上げた。
(口に出してないよね?!というかその噂千秋くんの耳にまで届いていたの?!)
恋愛経験が乏しく唯一の片想いは9年こじらせ、しまいに失恋したというのに、その唯一の片想い相手に恋愛成就のあだ名で呼ばれるとは。
すると千秋が頭の後ろをかきながら口を開いた。
「あのさ、知り合いの話なんだけど...。」
(まさかの恋愛相談?!)
茜は大事なことを忘れることころだった。自分はあくまでも神頼みする側じゃなくてされる側だと。
「......うん。どうしたの?」
「小1の時から好きなやつがいるんだって。」
(私と一緒...。)
もはや他人事ではなかった。それだけでその『知り合い』に親近感が湧く。
「ずっと好きだけど口下手だから話せなくて、中2の時にその子に好きな季節を聞かれた時、そっぽ向いて答えなかったことを後悔してるんだってさ。」
「え?」
茜は足を止めた。千秋が数歩先まで歩き、自転車を横向きにして振り返る。
「その子が自分と同じ季節を好きであまりにもベタ褒めするから、なんか恥ずかしくなったんだ。」
(聞いたことのある話......)
中2の時、千秋と一緒のグループになって、授業で春夏秋冬について話しあった。
茜の好きな季節はもちろん秋。「黄色く染まる綺麗なイチョウ並木の下を、毎年見かける幸せそうなカップルのように、いつか自分も両想いの人と歩きたい」と、確かそんな事を言った気がする。あの時千秋はそっぽを向いて答えてくれなかった。
そしてもう一つ秋が好きな理由は、王子様と出会った季節で、しかもその好きな人の名前に秋が入っているからだ。
「それは...知り合いの話?」
「...ああ。最近やっと話せるようになったんだけどやっぱり大事なことは言えなくて...」
車道を走る車の音も夕方に流れる音楽の音も、何も耳に入ってこない。千秋の声以外。
「他のやつと付き合ってるって勘違いまでさせてさ。」
ーードクン。ドクン。
心臓を打つ鼓動が速くなる。
「だからお前に教えてほしい。どうしたら誤解が解けて気持ちを伝えられる?」
千秋に真っ直ぐ見据えられ、茜はその目に吸い込まれそうになった。
(知り合いの話。知り合いの話だこれは。)
高ぶる感情を必死に抑えようと何度も繰り返し自分に言い聞かせる。
千秋の顔は真剣なまま目を逸らさない。
(...だけどもしもこれが夢みたいな話なら?)
茜は泣きそうに笑った。
「しっかりその子の手を握って離さなければいいと思うよ...。」
すると千秋は頬を緩めて微笑んだ。
「りょーかい。...ん。」
差し出された千秋の左手を見て涙が込み上げてくる。信じられない。こんな夢みたいなこと。
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