* 恋の真実 *

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 動けずにいる茜を見かねて、千秋は自転車を道の横に停め茜の前まで歩いてきた。 「で、でも響子ちゃんが先生に付き合ってるってはっきり言ってた。」 「あぁ。俺じゃない。」 「でも和久井って。」 「兄貴な。和久井千早の方。」 「え?」 一瞬思考が止まった。 (まさか......響子ちゃんと付き合ってるのは千秋くんのお兄さんだったの?!) 茜はハッとした。中学の時に聞いた響子の噂を思い出す。 (付き合ってたのは嘘だって言ってたけど、年上ってのは本当だったんだ!) 自分の大きな勘違いが急に恥ずかしくなり、茜は両手を頬に当てて眉根を寄せた。 (ここ最近苦しんでいたことは全て思い込み...。) そして今度は自分に呆れ返りため息をつく。すると百面相している茜を見て千秋が笑った。 「おまえ本当に昔から見てて飽きないな。」 千秋がポケットに手を突っ込み、イチョウの木に視線を向ける。 「ここで初めてお前と話した時も、そこの木の影でコロコロ表情変えてた。」 (え?!そんなことまで覚えているの?!もう恥ずかしいことばかりで千秋くんの顔直視できない。) 茜が俯くと一瞬ふわりと風が吹き足元にあるイチョウの葉が舞い上がった。茜が顔を上げると千秋と目が合う。 ーーすると次の時、 千秋は真剣な眼差しで口を開いた。 「あの時から、お前が好きだ。」 「.........え?」 突然の告白に茜は心臓を射抜かれたように衝撃を受けた。 「言うつもりはなかった。でも、お前の気持ちに気付いた以上、春人にも他のやつにも渡す気なくなった。」  両想いになれる夢なら何万回と見てきた。でも今起こっているこの現実こそ、すべての夢よりも夢のようだ。千秋の言葉、視線、所作、一つ一つすべてに胸が高鳴る。 「お前の返事は?」 枝に残っていたイチョウの葉が、ヒラリと茜の目の前を落ちていく。 思わず息をするのを忘れてしまっていた。 いじめっ子から助けてくれた王子様。あの時かけてくれた言葉を忘れたことなんてない。 『間宮さん、……だから、もう泣くな。』 途中は聞き取れなかったが、あの言葉があったからいじめられても泣かないでやってこれた。 中学生の時にある一部の女子に嫌がらせされた時だってそう。千秋のあの言葉に救われた。 そして高校生になった今も、ピンチには必ず助け出してくれた。 小1の時から心の中にいたのは千秋ただ1人。 まさか千秋も同じ時からずっと自分を好きだったなんて...。両想いだったなんて...。 「もう...隠さなくていいの?」 「あぁ。」 「...我慢しなくていい?」 「あぁ。」 「これは...夢じゃない?」 「あぁ。俺が好きなのはずっと茜だけだ。」  ーーその瞬間、茜は千秋の胸に飛び込んだ。 千秋はポケットから出した手で茜をしっかりと抱き止める。 「好き。ここで助けられてからずっと好き!」 「うん。」 「ずっとこうしたかった!」 「うん。俺もだよ。」 一度声に出してしまうと、あとはたがが外れたように次から次へと抑えていた感情が溢れ出る。 千秋は優しい眼差しで、ずっと抱きしめながら受け止めてくれた。 この腕に抱きしめられたいと何度願っただろう。想像よりもずっと千秋の腕は暖かく優しかった。 「お前、中2の時俺に言ったこと覚えてるか?」 「え?好きな季節はって話?」 「あぁ。それ聞く前に。」 その前?自分がなぜ秋を好きか熱く語っていただけな気がする。 (他に何か言ったっけ...。) 「はぁ。覚えてないのかよ。」 「う...ごめんなさい。」 呆れてため息をつく千秋に、茜は肩を落として謝る。 「俺の名前が好きだって言ったんだ。」 「あ!」 (言った!確かに言った!!) 「あの時の質問の返事、今言っていいか?」 「え?」 「好きな季節は秋だ。葉っぱが“茜色”に染まる頃が1番好きなんだ。」 秋風が今度は横から思い切り吹いた。茜の横の髪が一房顔にかかる。すると千秋がそっと手を伸ばして、髪を元に戻しながら続けた。 「...お前の色だから。」 茜の肌はこれ以上ないくらいに赤く染まった。指の先から全部、茜色に。  普段無口で無愛想な千秋だが、本当はこんなにロマンチストだったなんて知らなかった。さっきから甘い言葉に胸がときめいてしょうがない。 千秋が自転車の方へ戻り、止めていたスタンドを外した。そして自転車を引きながら茜の元に戻る。 「ん。」 千秋は手のひらをもう一度茜に差し出した。 「繋いだら、もう離す気ねーよ。」 「...知り合いの人の話じゃない?」 「ばーか。」 茜は千秋の手にそっと自分の手のひらを乗せた。すると千秋は力強く握り引き寄せる。 「帰るぞ。」 自転車を引きながら手を繋いで歩き出す。茜は空を仰いだ。 するとちょうどその時、イチョウの枝から最後の葉がヒラヒラと落ちてきた。 《イチョウの葉が全て散る前に...》 茜は繋いだ手を改めて眺める。ジンクスは本物だった。  家の近くに着くと千秋は繋いでいた手を離した。照れくさそうに顔を逸らしたのを見て茜はふふっと笑ってしまう。 いつもの無愛想な千秋に戻ってしまったがそんなところもやっぱり好きだ。 茜が手を振って家に入ろうとした時、後ろから千秋に声をかけられた。 「明日の10時、駅前で待ち合わせしないか?」 「え?!」 「じゃ、明日。」 千秋はそのまま自転車に乗って帰っていった。
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