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「千秋くん!」
「わりー遅れて。出掛けに響子に捕まって根掘り葉掘り聞かれてた。」
時計の針は10時ちょうど。なんとか間に合うように走って来てくれたようだ。
「で?なんでお前がここにいる。」
「いてててててて!」
千秋が涼平を掴んだ指に力を入れる。
「たまたま座ったら茜がいただけだよ!」
千秋が訝しげに茜を見たので“嘘じゃないよ”とコクコクうなずいた。それを見て千秋が手を離すと涼平はサッと立ち上がった。
「じゃ、俺行くわ!また今度ゆっくりな!」
涼平は手を振って逃げるように去っていった。すると千秋がベンチの後ろ側からまわってきて隣に座った。
千秋は白いアーガイルニットに濃い細身のデニムを履いてベージュの薄手のジャケットを羽織っていた。
(もろ好み...。)
茜はその姿に悶絶しそうになった。いつも見る制服との私服のギャップに胸がキュンキュンしすぎてもはやギュンだ。とりあえず1度目を閉じて深呼吸をする。
「なんか変なこと言われてねーか?」
「中学の時、千秋くんが嫌がらせをやめさせてくれたってことくらいかな。」
千秋がギョッとしてため息をつきながら額に手を当てる。
「あれほど言うなって言っといたのに。」
「で、でも嬉しかったよ!いつも守ってくれてありがとう。」
一拍したのち、千秋は硬い表情を解いた。
「約束したろ。」
そう言って茜の頭にポンと優しく手を置く。
(...約束?)
なんのことだろうと記憶を辿るがなかなか出てこない。
「ごめん...。千秋くんのこと知らないことが多すぎるね私。」
「そんなのこれから知ってけばいいだろ。」
千秋の言葉に茜が顔をあげる。
(なんでいつもこんなに欲しい言葉をくれるんだろう。)
時々見せてくれるようになった微笑みもたまに頭をポンとしてくれることも、カッコいい私服もどんどん新しい千秋を見つけては何度も繰り返し恋に落ちていく。
夢なら覚めないで欲しい。現実なら眠りに落ちたくない。一瞬一秒でも見逃すことなく目に焼き付けていたい。
「さて、どこ行くか。」
「あ、場所決まってないならここはどう?」
茜はバッグからミスコンの特典でもらった映画のペアチケットを取り出した。昨日電話で奈々子にどうせなら千秋と行くように言われた。
確か司会の人が今日から上映の人気映画と言っていたが...。千秋がチケットをマジマジと覗き込み、眉を寄せた。
「本気で?」
「え?」
茜はチケットを見ると書かれていた言葉に絶句した。
『愛するお姫様の行方』
(...題名!邦題のネーミングセンスがひどい!)
海外で今話題のラブファンタジーということは知っていたが、おそらく映画をあまり観ない千秋からすれば少しも興味が湧かない題名だろう。
「や、やめる?」
茜も顔が引きつる。これはあとで奈々子と観に行くしかない。
「いや、いーよ別に。せっかくの特典だし一応俺も優勝したし。」
「え?」
確かに今日のデートはミスコンとフリーキック大会の優勝者同士の特典デートとも取れる。
(まさかだから千秋くんはデートに誘ったのか!そもそもまだ付き合っているのかも謎だし...。)
そう言えば奈々子に「両想いだということはわかったけど、付き合ってるのかわからない」と相談したら、「明日直接聞きなさい」と言われた。
「あの、千秋くん?聞きたいことがあるんだけど...。」
「なんだ?」
「私達って、その、付き合ってるの?」
千秋の表情が固まった。そしていつもの呆れ顔をして振り返る。
「付き合ってなきゃデートしないだろ。まさかお前、今日のは優勝者特典だからとか思ってないだろーな?」
(図星だ。恐ろしい。)
「そんな特典は最初から興味ねーの。俺が出たのはーー。」
千秋が何かを言いかけて、ハッとしてやめた。
「出たのは?」
茜は興味津々で千秋の顔を覗き込む。しかし千秋は口を閉ざしたままぷいっと反対方向を見てしまった。
「出たのはー?」
もう一度聞くと千秋はため息をつきながら観念した様子で口を開いた。
「嫌だったんだよ!春人が優勝したらお前と付き合いたいって言ってたのが。」
「え?」
(それは.........いわゆるヤキモチというやつ?いちいち胸キュンが止まらないんですけど。)
「でもミスコンで他の子が優勝したら、千秋くんその子とデートすることになってたんだよー?」
「何のために雑用もやったと思ってたんだ。その時は辞退できるように前もって手回してたに決まってんだろ。」
(さすが...。ちゃんと先のことまで考えてたんだ。)
「このチケットはありがたく使わせてもらおうぜ。反対口の映画館だろ?ほら行くぞ。」
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