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千秋が茜の手を取ると引っ張って歩き出した。反対口へぐるっと歩道橋で渡ると大きい駅ビルがありそこに映画館が入っている。
最初は急ぎ足でついて行っていたが、いつの間にかいつものペースになっていた。千秋が歩幅を合わせてくれたのだと気付いて、茜は幸せな気持ちになった。
映画館に着いてすぐに、茜は上映スケジュールを確認した。今日からの人気な映画なだけあり、いくつかのスクリーンで同じ作品を上映しているようだ。吹き替え版、字幕版、2D、3Dといくつか種類がある。
チケットを見ると2Dの字幕版になっていた。
今の時間は11時15分。上映時間は12時からだったので、売店でホットドックとポップコーンとジュースを買い、開場と同時に劇場内に入った。
席は指定できたので、お気に入りの1番後ろの真ん中の席にした。スクリーン全体が視界にきちんと入るし、ここの劇場は1番後ろだけ一段上がっているのでとても見やすい。
早めに入ったせいか、まだ劇場内はガランとしていた。自分たちの番号の椅子に座り、さっそく買ってきたものを食べ始めた。
「昨日から俺の話ばっかだから、なんかお前の話ないの?」
「へ?」
唐突な質問に、茜は口に入れようとしたポップコーンを落としそうになった。
(...話?)
自分には千秋のような武勇伝は何もない。妄想と思い込みで生きてきたようなものだ。
「なんでもいいよ。」
茜は目を閉じて昔のことを思い返す。
「...小1の時、千秋くんに助けてもらって、王子様だと思った。」
「...そ、そうか。」
千秋の顔がいきなり引きつった。
「それで...いつか王子様と両想いになれたら、あのイチョウ並木を歩くことが夢だった。」
「それはもう何度か叶ったな。」
頬をかきながら照れくさそうに千秋が言った。
(確かに...千秋くんに送ってもらったのは昨日で3回目だ。)
願ったのは2回。「もっと一緒にいたい」という願いも「手を繋ぎたい」という願いも、しっかり叶っている。
茜はチラリと千秋の横顔に目を向けてから俯いた。
「あと...昨日で諦めようと思ってた。」
「なんで?」
「千秋くんのお姫様は響子ちゃんだと思ってたから。」
「...お姫様ってお前...。」
千秋が呆れた表情で振り返る。そして肘掛けに肘を乗せ茜の顔を覗き込んできた。
「でも俺の彼女はお前だろ?」
茜が顔を上げて千秋を見ると、千秋は首の後ろをかきながら顔を逸らした。
最近気づいたがこれは照れた時にする癖だ。
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